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2018年3月

2018年3月27日 (火)

葛野次雄さん(コタンの会 副代表)「今、伝えたいこと」

木村二三夫さん(平取アイヌ遺骨を考える会共同代表) 「札医大と初めて話して感じたこと、言いたいこと」

2018年3月24日 (土)

植木哲也 「アイヌ遺骨、琉球人遺骨、奄美人遺骨」

植木哲也(苫小牧駒澤大学)
 北海道大学から、これまで浦河、浦幌、紋別へアイヌ遺骨が返還されました。その後も旭川、静内と訴訟が続いています。2018年になって札幌医科大学に対する裁判もはじまりました。アイヌ遺骨の返還という問題もしだいに世に知られつつあります。
 とはいえ、世間的には依然、「北大の」遺骨問題や「北海道の」ニュースを大きく超え出ていないのも現実です。
 アイヌ遺骨を保管している大学が全国に及ぶことは、文部科学省の調査などから明らかになっています。北大、札幌医大に続く多数の遺骨を保管している東京大学の場合、明治初期に小金井良精(よしきよ)が北海道旅行を通じて大量のアイヌ頭骨を収集しました。ここから日本人学者によるアイヌ遺骨の大量収集がはじまったのです。小金井は、帝国大学設立時の解剖学教授であり、明治日本を支えたエリートの一人です。アイヌ遺骨収集は日本の近代化の一過程として行われたのです。
 収集された遺骨はアイヌだけに限られません。京都大学には数多くの琉球人遺骨が保管されています。報道によれば、人類学者の金関丈夫(かなせきたけお)が1920年代に沖縄県今帰仁(なきじん)村の百按司(むむじゃな)墓から持ち出したのもので、26体が京都大学に、33体が台湾大学に保管されています。アイヌ遺骨と同様に、研究のため持ち出され、そのまま放置されてきたのです。
 これに対しても返還を求める運動がはじまりました。
2017年、龍谷大学教授の松島泰勝氏らが琉球人遺骨の保管状況について京都大学に問い合わせを行ないましたが、十分な返答が得られませんでした。この点は、アイヌ遺骨に対するこれまでの北海道大学の対応とそっくりです。2018年1月27日には東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会が「琉球人・アイヌ遺骨返還問題にみる植民地主義に抗議する声明文」を公にしています。
 衆議員議員照屋寛徳氏は、2月16日衆議員議長に「琉球人遺骨の返還等に関する質問主意書」を提出しました。これに対して政府はたいへん素っ気ない返答をしています(「政府答弁書」)。
衆議員議員照屋寛徳氏(2月16日)「琉球人遺骨の返還等に関する質問主意書」
「政府答弁書」
 また「琉球人遺骨」として京都大学総合博物館に収蔵されている遺骨に、喜界島、徳之島、奄美大島など「奄美人遺骨」が多数含まれることも明らかになってきました。奄美の人びとの間でも、遺骨の返還を求める活動の呼びかけがはじまっています(「京都大学収蔵の奄美人遺骨問題への対応について」)。
 日本国内に限っても、遺骨収集はこのように多岐にわたるものでした。北海道や琉球は、近代日本がスタートにあたって最初に植民地化した地域にほかなりません。墓地発掘は、近代化という歴史的プロセスの中で発生した普遍的事象だったのです。この問題は、特定研究者による悪質な行動という理解に押込めるのでなく、帝国の拡大にともなう世界史的出来事という観点から考えていく必要あるでしょう。その限りで、現代世界に暮らすわたしたち全員が当事者といえる問題なのです。

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