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2018年1月 5日 (金)

今後のアイヌ政策について思うこと/ジェフ ゲーマン

今後のアイヌ政策について思うこと
    ジェフ ゲーマン

 

こんにちは、年の瀬に失礼いたします。北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院/教育学院に所属しているジェフ ゲーマンです。この度、私は、良心につつかれ、私と同じようにアイヌの研究に携わっている・携わろうとしている昔今の私の知り合いに、恐れ入れながら、是非年内にと思い立ち、現在のアイヌ政策をめぐる議論の状態に関するこの便りを送っているわけでございます。実際にご挨拶に上がるべきところ、メールにての失礼をどうかお許しいただければと存じます。ご多忙の時に全く身勝手にこのようにして文書をお送りするのは恐縮です。かなり長いですが、読み飛ばしていただいても構いません。

 

私が希望を持ちたい一つのエピソードを紹介します。2017年1月に札幌市のかでる2・7で開催されたアイヌ文化際の後半に常本照樹北海道大学アイヌ・先住民研究センター長が今後のアイヌ政策の課題と展望について講演をした時に私は会場にいました。常本教授は、講演の最後に、海外では先住民族政策の法的根拠として、憲法での言及、基本法等の制定があることに触れながら、今後アイヌ民族にとって相応しいものを制定できるよう一生懸命頑張りたいと締めくくりました。

 

そのような発言に、アイヌ民族を支援しようとしているすべての個人、グループの願望が共有されていることに私は期待したいのです。相手のご意見に傾聴して初めて確認することが可能になります。そのような対話を促すために、今日この便りを書くに至ったわけです。

 

皆さんご周知のように、日本の先住民族であるアイヌ民族をめぐる議論が近年になく白熱している状況にあります。とりわけ、近い将来にアイヌ基本法(仮称)が制定されることに向けて、内閣府が中心となり、準備が進められていることが注目の的となっています。おそらく2020年までに新法は施行されるが、それ以降にさらに新しいアイヌ政策が作られても、進歩は期待できないとも言われており、まさに現在がアイヌ民族を取り巻く状況に真摯に立ち向かい、真剣に審議、議論すべき時と考えます。

 

しかしながら、アイヌ民族政策を大きく左右し得る立場にいるアイヌ民族を取り巻く支持者(研究者、アクティビスト)の状況が錯綜しており、お互いを相殺しあっていることから、アイヌ民族にとってベストな状況をつくるのに、支持者同士がお互いにコミュニケーションをとり、相互調整することが望ましいと言わなければなりません。

 

錯綜している状況の一つの事例に、内閣府が有識者の助言にもとづき、アイヌ民族のニーズに関するヒアリングを行おうとしていると聞きます。しかし、以前アイヌ民族を一生懸命支援しようと頑張った支持者(学者)の中に、現在「方針を一変した」といわれている方々もおり、そのようなヒアリングが行われても、アイヌ民族の中の多様性を担保できるかという疑問の声も耳にします。つまり、アイヌと研究者・為政者の間の信頼関係が成立しているとはいい難い状況です。一方で、アイヌとともになって、拾え切れない可能性があるアイヌのオールタナティブ(第三の立場)の声を届けようとしている人もいるが、「寝返った」とまで言われないまでも、独りよがりで行動をし、本当にアイヌの声を聴いているのかと疑問視される支持者(研究者、一般市民)もいる状況です。

 

このようにアイヌとともに研究をすることを目指している人や、アイヌ「のために」支援に取り組もうとしている人の位置づけ、役割、貢献しうることが問われている状況であるが、それを理由に建設的な議論や、そのような議論の前提となるはずの客観的な対話をやめるわけにはいかず、当事者全員が一層の努力を注ぎ込むべきではないでしょうか。そこで私はこの度アイヌを支援しようとしている者の一人として、アイヌの支持者の横のつながりはもう一度見直せないかと思っています。具体的な提案はないが、当事者の一人として自らの思いを宣言することも役に立つと信じたいです。今一度、ここ数年の経緯を踏まえ改めて考えていることを確かめるためにも、ここで短く述べさせていただきたいと思います。

 

そもそも、私のような者がこのような便りを執筆するのは僭越であり、資格がないといわれてもおかしくないかもしれません。研究業績も多くないし、為政者とのつながりも持っておらず、北大の一つの部局で重要な委員会に入っていない単なる准教授にしか過ぎません。しかも外国人です。おまけに、私は対話を大切にしている一人だと思いたいが、それは必ずしもいつも思い通りには叶ってきたわけでもなく、最近は批判の指をさされても大声で反論できません。例えば、以前から、北海道の随所の地域に住んでいる様々なアイヌの人々とも仲良くお付き合いをさせていただいていました。また、研究の面では先住民族と非先住民族、研究者と研究者ではない人々が一緒になり、先住民族がおかれている状況を多角的に、客観的に接近するための研究体制の構築を夢見、それを実現すべく、2014年に3年間の科研基盤B(科研番号80646406)プロジェクトに乗り込みました。が、2015年の3月にアイヌ民族出身であり、そして私の研究プロジェクトに協力しているメンバーとの行き違いにより、自覚不足やプロジェクトマネージメントの不行き届きというクレームの中で、プロジェクトの存続自体が危ぶまれる時期を迎えました。以降の二年間半、半分「保身的」に自分の研究基盤を再度かためようとせざるを得ない状況に追い込まれました。

 

その間、自らの研究基盤の修復に追われていたために、遺憾と思いつつも、自分の研究の理想であった対話を必ずしも求めようとせず、例えばアイヌを支援しようとしている研究者・市民グループと共に活動する場合でも、彼らに意見の違った人たちとの対話を促す余力がなかったわけでもあります。誤解を恐れずに言いますと、これらの研究者・市民グループの批判は妥当なものでしょうが、彼らが批判している人々に対し常に対話を求めなかったことに対し、対話を促進する努力をすべきだったと反省しています。いずれにせよ、漸く今年の年末になって、多少自分を反省する余裕ができ、この便りの内容の基礎となることについて少し考えることができました。

 

そもそも、アイヌ民族自身はアイヌ民族のことをすべて自分らで決める権利があり、アイヌ民族ではない人々がアイヌの研究やアイヌの政策審議にかかわることがいけないと主張する人々が確かにいます。その主張はそれで正当なものではあるが、世界中のマイノリティ運動を見ても、支援者がいてはじめて前進するところは珍しくないのも事実です。当事者のマイノリティの希求を極力尊重しつつ、当事者たちの多様な声を反映させようとすれば、外部者には一定の貢献はあり得ると私は考えています。そこが私はすべてのアイヌ支援グループの取り組みや活動が役に立っていると思いたい所以です。

 

逆に、アイヌの多様の声が飛び交い、議論が当事者のなかでもなかなかまとまらない中で、私自身がそうなったように、支持者が板挟みになる状況が多々あっても当然かもしれません。しかし、そうはなってもそれはそれで活動を中止するわけにはいかないと思います。只、自身の主張をするあまり、アイヌ民族の相互扶助を超えたものになってはいけません。それさえならなければ、建設的に物事が進む一助になり得ると信じたいところです。

 

第二ですが、数年前まではアイヌ民族を支援しようとしている非アイヌの研究者・アクティビストたち同志がお互いに対話があったように思うのに、そのような関係性がなくなったように感じるのは私だけでしょうか? また、そこから何等のマイナス面は生まれていないでしょうか? よりたくさんの対話の場があり、より多くの関係者の出席があれば良いのにと思っているのは私だけでしょうか?

 

確かに一部に対話を求めない研究者・アクティビストの活動が活発化している状況があります。また一方で、理由はともかく、上記で「寝返った」と言われている人たちが現れ、一部のアイヌが彼らを排除しようとしている状況が生まれたといえるかもしれません。しかし、それを理由に、お互いの言い分を傾聴することを止める言い訳にはなるでしょうか。完璧にみんなに好かれ、すべての人に受け入れられる研究・研究者・活動家の主張というものはありえないでしょう。批判の指をさしても、逆にその三倍の批判が帰ってき得ることを念頭に置かざるをえないように思います。

 

理想を求めるのも大事だが、別に妥協をするつもりがなくても対話をすることにより、意外な共通点が見つかるかもしれません。それぞれが客観的な対話により、少なくとも様々なネットワークの中の自分の立ち位置をもう一度確かめることができ、またひょっとしたらより相互扶助の働きが促進される可能性もあるのではないでしょうか。

 

いずれにせよ、現在アイヌ政策の実現において一番必要とされているのは、オープンで民主的な対話ではないかと考えたときに、そのような対話の実現に向けて自分はあらゆる方面において最大限の努力をしたかと問われれば、「はい」とは言えません。年末のこの時期に立ち止まって、アイヌ民族を支援しようとしているものの一人として、立場が違うアイヌを支援しようとしている人に対話を求め、手を差し伸べようとしたかと自問すると、必ずしもそうではないと答えなければなりません。そのことから、反省の気持ちを込めて本日この便りを書くに至ったわけです。

 

冒頭に書いたように、具体的な提案はございません。但し、私がかかわっているアイヌ民族支援グループの人々に、上記のような対話的態度を促したいように存じます。「今さら」と多少皮肉のように聞こえるかもしれないが、お互いを理解しあうために、その人と同じテーブルに並んでいないといけないからです。

 

そのような対話を望んで、この文書を謙虚に締めくくります。

   

2018年がアイヌ民族、そして皆さんにとって希望に満ちた年となりますように。

 

2017年大晦日
    大分県玖珠町にて

 

Jeff Gayman

 

追伸:ご返信には及びません。この文章の転送・転載は構いません。

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