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2016年8月

2016年8月25日 (木)

ウィルキンソン教授講演録から(4)

Charls_wilkinson

「先住民にサケを獲る権利はあるか?/コロラド大学ロースクール教授チャールズ・ウィルキンソン講演会」(2016年7月30日)の講演録を公開しました。抜粋してお知らせします。


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歴史的不正義を道義的に埋め合わせる、という場合、私はアイヌ民族には3つの領域があると思います。

第一は漁業権です。ボルト判決は、資源の50%を自由にする権利がインディアンにあるとしました。アイヌの場合にも50%がよいのかどうかは分かりませんが、米国や他の国々では漁業資源や水資源をめぐる権利についてすでに裁判所で審理がなされ、判決も出ています。

第二は土地の返還です。いまそこに住んでいる和人たちをいきなり追い出すことはできないでしょうが、国有林ならアイヌの手に戻すことは可能です。先週、2カ所のコタンをお訪ねしました。「昔は向こうの稜線からここまでが領土だった」と教えられ、地形からも境界線がはっきり分かりました。仮にそこが私有化されて植林地になっているとしても、土地を買い戻す資金を政府が拠出すれば、所有者も売却に応じるのではないでしょうか。

第三は教育です。アイヌの若者たちの多くが教育面での差別に苦しんできました。歴史的な立ち後れを取り戻すために、特別なアイヌ教育が必要だと思われます。不正義の歴史を踏まえたうえで、アイヌの子どもたちや若者たちが十分な学業を積み上げられるようにするのです。アイヌ教育に特化した委員会の設立や、先ほど述べたアメリカのトライバル・カレッジ(大学)と同様、アイヌのための大学建設も視野に入ってくるでしょう。

最後に、日本政府と北海道庁に申し上げたい。かつてアイヌに対してあってはならないようなひどいことをしてしまったことをどうか認めて欲しいと思います。そしてこれからは、素晴らしい文化と美しい子どもたちを育むアイヌの発展に尽くしてくださるよう望みます。

ウィルキンソン教授講演録から(3)

Charls_wilkinson

「先住民にサケを獲る権利はあるか?/コロラド大学ロースクール教授チャールズ・ウィルキンソン講演会」(2016年7月30日)の講演録を公開しました。抜粋してお知らせします。


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じっさい、UNDRIPは優れた文書です。総括的かつ詳細で、非常に道徳的だし、力強く、説得的。いろんな状況を踏まえています。だれでもネットで読むことができます。

先住民族の権利に関する国際連合宣言(市民外交センターにリンク)

カギとなる論点は「グループの権利 group rights」です。起草の当初から、先住民族の権利は「公民権運動の立場の人たちの主張するような〝個人の権利〟にとどめてはいけない」という要望がありました。個々人の権利とは別に、グループ(トライブ)として行使できる権利の獲得が目指されたのです。「グループの権利」は、自己決定権とか主権とか、「諸権利が束ねられたもの collective rights」と表現することもできます。いろんな解釈があり得ますが、これから読み上げる諸権利については誰しも異論ないところでしょう。UNDRIPは先住民族の個人および集団に対して、自己決定権、領土権、漁業権など自然資源に及ぶ権利、教育の権利、開発の権利、知的所有権、文化の権利、そして条約によって認められる権利のあることを宣言しています。

各国政府は法令や政府文書を作成する際に、このUNDRIPを遵守しなければならないと私は思います。報道によるとどうやら日本政府はそうではないようですが、「UNDRIPに法的な拘束力はない」といった日本政府の保守的な論法は、私にはUNDRIPの趣旨をねじ曲げているとしか思えません。

確かに、UNDRIPには署名した各国に対する拘束力はありません。でもだからといって守らなくてもよいわけでは決してありません。「世界人権宣言」(Universal Declaration of Human Rights、UDHR)と同様、UNDRIPは各国に対する強力なガイドラインとして策定されたものだからです。

UNDRIPには個々の権利についての詳細な規定がない、という批判も聞かれます。でも私からすると、UNDRIPが挙げた諸権利には、わざと含みを持たせてあるのです。自己決定の権利=主権が実現すれば、ほかのさまざまな権利も取り戻せることは明らかです。

「グループの権利」として「主権」や「自律」という概念は馴染まない、という人もいます。でもUNDRIPには「自己決定権」という言葉が何度も出てきます。UNDRIPは、世界各国の政府が今後、先人権を尊重しつつ、先住民族のトライブ政府(アイヌの場合はコタン政府)とどう向き合うべきか、方向性を示すものとして非常に重要な文書である、と私は考えています。UNDRIPが採択されて以降、世界中の裁判所がUNDRIPに言及するようになりました。

ウィルキンソン教授講演録から(2)

Charls_wilkinson

「先住民にサケを獲る権利はあるか?/コロラド大学ロースクール教授チャールズ・ウィルキンソン講演会」(2016年7月30日)の講演録を公開しました。抜粋してお知らせします。


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この訴訟では、トライブに対する共感的な世論が醸成されました。先住民族ではない大勢の人たちがトライブ側のサポーターとなって、裁判闘争を支援しました。米国北西部の各河川は非常に多くのサケが遡上することでよく知られていたので、サケを巡る裁判としても注目を集めました。

裁判を担当したボルト判事(George Hugo Boldt、1903年−1984年)がまた勇敢な人で、1974年のいわゆるボルト判決(Boldt decision)で、条約にある「入植者と同等」という条件のことを、はっきり「50%ずつ」と解釈してみせました。この判決をきっかけに、サケに限らず、カキなどの貝類、トドやアザラシといった海獣類、オヒョウなどの魚類、カニなど高価な甲殻類も同様に、トライブが50%の権利を有するという解釈が定着します。

交渉の中で「同等の権利」という表現で条約に盛り込まれた文言が、裁判でトライブ側に有利なように解釈されたことは大きな意味を持ちました。この判決によって、先住民族の権限が爆発的に拡大することになったからです。

The Northwest Indian Fisheries Commission (NWIFC)(サケなどの)資源管理を行なうには、漁獲行為を規制する法律を制定する権利を持っていないと不可能です。法律を策定する委員会、紛争を解決する裁判所、違反を取り締まる警察官や、資源量をモニタリングするスタッフも必要です。この判決によって、トライブは一気にこれらのシステムを備えるまでに成長したのです。ピュージェット湾岸の各トライブはいま、連邦政府やワシントン州政府とともに、自然資源管理を共同で担っています。

現在、地球温暖化などにともなう環境問題が深刻化しているわけですが、環境保全運動では、いまやトライブが中心的な位置を占めています。トライブは過去何百年、何千年にもわたってサケなどの自然資源を持続的に利用してきました。サケの生態や個体数に関して詳細かつ正確な知識なしにはなしえないことです。トライブの人たちはサケをスピリチュアルな存在にまで高めてもいます。サケと人間のこうした関係性は一般社会にも影響を与え、アメリカ大統領でさえ関心を寄せざるを得なくなってきました。

サケに始まったトライブの資源管理権はいまではほかの魚介類にも拡大しています。おかげで、1960年代にはゼロだった資源管理部門の職員数は、近隣の郡役場のそれを上回って、ひとつのトライブあたり200~300人に達しています。自前の役場や裁判所も設置され、ほとんどのトライブが数人ずつの裁判官を置いています。病院が設立され、トライブの半分に学校があります。ピュージェット湾岸のトライブにとどまりません。全米で36のトライバル・カレッジが設立され、大半は大学院を併設しています。

ウィルキンソン教授講演録から(1)

Charls_wilkinson

「先住民にサケを獲る権利はあるか?/コロラド大学ロースクール教授チャールズ・ウィルキンソン講演会」(2016年7月30日)の講演録を公開しました。抜粋してお知らせします。


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ジョン・マーシャル(John Marshall、1755年ー1835年)が最高の連邦最高裁所長だったとすることに異を唱えるアメリカ人はいないでしょう。黎明期の連邦最高裁で、インディアン・トライブの主権について、後に「マーシャル・トリロジー(三大判決)」と呼ばれるようになる画期的な判決文を書いた人物です。

ひとつは、ヨーロッパ人到来前のインディアン・トライブをれっきとした国家(nation)である、と認めたことです。マーシャルのこの視点は、米国はもとより、英連邦の一員だったカナダやオーストラリア、ニュージーランドでもすぐに主流になりましたし、ほかの(植民地主義の)国々にも拡大して、近年の「先住民族の権利に関する国際連合宣言」でも踏襲されています。各トライブに国家としての主権を認めたことで、連邦政府がトライブとの間で取り交わしたやりとりが、単に覚え書きにサインしたという程度ではなく、国際条約と同等の重要性を帯びることになりました。

ふたつめは、先住民の土地所有に関するものです。マーシャルは、インディアンの土地に関する権限を認定し、「先住民にはその場所に住み続ける権利があり、なんぴともその権利を侵害することは許されず、インディアンの土地を勝手に売買したりすることはできない」と判じました。

そしてマーシャル・トリロジーの3つ目は「trust relationship(信託関係)」。つまり、連邦政府には入植者の侵略行為からリザベーションのトライブを守る義務がある、と述べた判決です。

2016年8月 9日 (火)

UNDRIPを軽視したアイヌ遺骨・副葬品研究は許容されない  平田剛士(寄稿)

 2016年8月6日、札幌市内で「国際先住民族の日記念事業『考古学・人類学とアイヌ民族──最新の研究成果と今後の研究のあり方──』」が開かれました。主催は公益社団法人北海道アイヌ協会、また共催団体として日本人類学会と日本考古学協会が名を連ねています。約100人の聴衆が集まりました。

 2部構成のうちの第1部では、共催の各学協会2人ずつの会員研究者たち(いずれも和人)が、それぞれ自分の研究について約20分ずつのプレゼンテーションを行ないましたが、残念なことに、後半の第2部(パネルディスカッション「先住民族の権利に関する国連宣言に照らした今後の研究のあり方」)との連携がまったくみられませんでした。

 つまり、アイヌ墓地から掘り出された遺骨や副葬品を用いた彼らスピーカーたちの現在進行形の「研究」が、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(以下、UNDRIP)に少しも影響を受けておらず、そのまま臆面なく「最新の研究成果」として報告された、ということです。

    ※  ※  ※

 日本人類学会員で東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻・形態人類学研究室准教授の近藤修氏は、「形態人類学が明らかにするアイヌ民族と日本列島の人類史」と題して講演しました。この中で近藤氏は、「アイヌ人骨コレクションの貢献」と見出しをつけたスライドを投影しつつ、「小金井コレクション(東京大学)」「児玉コレクション(北海道大学)」を紹介。収集経緯が不明瞭で、大半が盗掘品ではないかと強く疑われているこれら大量の頭骨を用いた過去の「研究」を、ポジティブな意味で評価しつつ、詳しく紹介しました。なお、この発表で引用文献の扱いに重大なルール違反があったことを、被引用者の植木哲也氏が指摘しています。

 同学会員で山梨大学医学部法医学講座教授の安達登氏は、「遺伝人類学が明らかにするアイヌ民族の起源と系譜」と題して講演しました。ミトコンドリアDNAを分析して人類集団を分類する手法を紹介したうえ、各地出土の新旧の人骨から抽出したDNAを調べた結果を図示しました。しかし、そこで自らが用いた人体資料(DNA)の入手経路や、利用についての倫理性・正当性については説明がありませんでした。

 日本考古学協会員で北海学園大学日本文化学科教授の手塚薫氏は、「考古学研究から見たアイヌ文化の特徴」と題し、自らの踏査結果や文献資料をもとに、「チャシ」と呼ばれるアイヌの建築・構造物についての研究成果を語りました。先人の研究成果に多くを頼っている割には、いま批判の対象になっている先人たちの考古学的資料の発掘・収集・研究手法や倫理観について、自らの見解は何も示しませんでした。

 同協会員で弘前大学人文社会・教育学系人文科学領域教授の関根達人氏は、「アイヌ社会における日本製品の受容」の題名で講演しました。古代のものから近代のものまで、多数の墳墓から発見された副葬品について統計的に解析した結果を示しましたが、それらの遺物がいつ、だれによって、どのように収集されたものなのかの説明はありませんでした。なお「アイヌ墓の副葬品ベスト10」と称して種類ごとにランキングを示すプレゼンテーションは、お世辞にも上品とは思えず、残念でした。

    ※  ※  ※

 2007年のUNDRIP採択から、すでに9年が経過しています。この間、北海道大学などによるアイヌ墓地発掘遺骨・副葬品を用いた「研究」をめぐって、さまざまなレベルでの検証、シンポジウム、訴訟、報道・出版活動などが積み重ねられ、従来のアイヌ遺骨・副葬品「研究」の非人道性が厳しく批判されてきました。こうした批判に応える形で、各学協会と北海道アイヌ協会による「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル(中間まとめ)」(2016年)が、UNDRIP尊重を基本原則の第一に挙げたことが、ほかならない当日第2部のパネルディスカッションで紹介されました。

 しかしこの日、両学協会に属する4人の発表者のなかで、UNDRIPや「中間まとめ」と自分の研究の関係に言及する者は皆無でした。そして、各プレゼンテーションを聞く限り、それらの研究がUNDRIPを「尊重」しているようには感じられませんでした。

 もしかすると彼らの目には、UNDRIPや、アイヌ遺骨・副葬品研究者に批判的な世論が、「うっとおしい障害物」と映っているのでしょうか。

 「中間まとめ」には、次の言葉があります。

 〈当事者意識の希薄さが差別問題を深刻化させてきたことについて、学術関係者は真摯に受け止める必要がある〉

 〈学協会関係者は、人がヒトを対象として研究する際に、人権の考え方や国際的な先住民族の権利に関する議論や動向に関心を払いその趣旨を十分に理解する努力が足りなかった〉

 この日、演壇に立った学協会所属の4人は、大勢のアイヌを含む聴衆の目の前で、この言葉を徹底的に黙殺してみせたのでした。

 ひらた・つよし フリーランス記者、北大開示文書研究会

フェアな引用をお願いします 植木哲也(寄稿)

 先日(2016年8月6日)、北海道アイヌ協会主催、日本人類学会と日本考古学協会の共催で行われたシンポジウム「考古学・人類学とアイヌ民族―最新の研究成果と今後の研究のあり方―」内の報告で、わたしの『学問の暴力』(春風社、2008年)の一部が資料として用いられました。これはある意味うれしいことですが、その用い方は大きな誤解を生む怖れのあるものでした。

Ueki02  東京大学の近藤修氏は、「形態人類学が明らかにするアイヌ民族と日本列島の人類史」という報告を行い、人骨研究にもとづく「日本列島人の人類史」について説明されました。その際「小金井コレクション」と「児玉コレクション」というふたつの「アイヌ人骨コレクション」の「貢献」に触れ、とくに後者の説明の中で『学問の暴力』100-101頁からと思われる文書を引いて、児玉作左衛門の遺骨収集が適切だった旨の説明をされました(当日の配布資料4頁)。

 『学問の暴力』の該当箇所は、八雲アイヌ墓地での発掘の様子を記述した部分です。わたしは、記述に偏りのないよう配慮し、児玉作左衛門の論文中の説明がそのまま事実と受け取られないよう、表現に注意しました。またアイヌ民族側からの児玉への批判的指摘も併記しました。

 しかし、近藤氏の引用ではこの点がすっぽりと抜け落ちていたのです。

 どういうことか説明しましょう。

 近藤氏は『学問の暴力』の原文を無断で大幅に省略しました。省略そのものは、原文の主旨を損なわない限り、問題といえないでしょう。見過ごせないのは、原意を歪めてしまう省略です。具体的にいえば、原文に挿入されている、「と児玉は述べている」、「と児玉は記している」、「(〜だった)という」、などの表現がすべて省かれていることです。

 原文と照合いただけば明白と思いますが、ここで簡略に説明します。つまり、

 児玉はアイヌの理解と協力のうえで発掘を行なったと述べている。

 という主旨の原文が、引用では、

 児玉はアイヌの理解と協力のうえで発掘を行なった。

 という形に縮められているのです。

 この省略は二つの点で、原文の内容を変質させています。ひとつは、児玉の説明をまるごと客観的事実のように見せている点です。もうひとつは、その「事実」を述べているのが児玉作左衛門でなく、資料(『学問の暴力』)の書き手になるという点です。その結果、

 児玉はアイヌの理解と協力のうえで発掘を行なった、と資料に書かれている。

 という話が組み立てられています。

 『学問の暴力』にそのようなことは書かれていません。むしろ、書かれているのは、「児玉はそのように語っているが、疑問が残る」ということです。近藤氏が用いている文章は、説明の都合に合わせて編集されているのです。

 さらに近藤氏は戦後の墓地発掘についても、やはり『学問の暴力』からの引用として、児玉の「社会的評価は変らなかった」と述べました。

 なるほど、当時の社会が児玉らの研究に対して批判的な視点を欠いていたことは、その通りです。しかし、だからといって、児玉の研究に問題がないと、わたしは書いていません。むしろ、社会を含めて墓地発掘に対する姿勢が問われるべきことを指摘したのです。

 こうした文脈を無視して、一部だけを抜き出すのは、学術的な引用としてフェアでないように思われます。同じことは、東村岳史氏の論文の引用にも言えます。東村氏は「学問のあり方を容認してきた社会」について検討しているのであって、氏自身が「学問のあり方を容認している」わけではないと思われます。

 付記:近藤氏は典拠について「植木、2006」と記すだけで、書名や論文名を配布資料に記載していません。2006年の文章のいずれにも該当する部分はありませんので、刊行年は異なりますが『学問の暴力』からと判断しました。

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