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2014年8月

2014年8月31日 (日)

植木哲也/遺骨「返還」ガイドラインの同化思想

遺骨「返還」ガイドラインの同化思想

植木哲也 北大開示文書研究会

 6月2日のアイヌ政策推進会議で、「個人が特定されたアイヌ遺骨等の返還手続に関するガイドライン」が明らかにされました。世の中にはこれで遺骨問題が解決するという期待もあるようですが、はたしてこのガイドラインで遺骨の返還は実現するでしょうか。

 すでに多くの方が指摘していますが、このガイドラインは「個人が特定された」遺骨に限ったガイドラインです。1636体と515箱、おそらくは2000人分以上の遺骨のうち、個人が特定されているのはわずか23体。残りの遺骨は返還の対象とされていません。これだけでも、「返還する」ためでなく、「返還しない」ためのガイドラインでないかと疑いたくなるのですが、問題はこれだけでありません。

 それは、返還先が「祭祀承継者」に限られている点です。「祭祀承継者」とは民法で「祖先の祭祀を主宰すべき者」とされています。先祖代々の墓を引き継いでその管理や供養を取り仕切る人と言えるでしょう。戦前の旧民法では、家督を相続する戸主が祭祀承継者とされるのが普通でした。このことからもわかるように、「祭祀承継」という考え方は、「家」を単位にして先祖代々の墓を守ってきた和人の伝統にのっとったものです。

 一方、アイヌ民族の伝統的な先祖供養は、コタンによって執り行われてきました。墓地はコタンごとにつくられ、先祖の霊は家単位の墓参りでなく、コタン単位の供養祭によって祭られてきました。特定の個人が祭祀を承継するという考え方は、アイヌの慣習にはないと思われます。祭祀承継者の証明ということ自体、そもそも無理な要求なのです。

 祭祀承継者に返すには、誰の遺骨か判明しなくてはなりません。アイヌ流のやり方であれば、コタンに返すということになるでしょう。コタンへ返すのであれば、個人が特定できなくても、どの墓地から持ち出されたかが分かれば充分です。大学に保管されている遺骨の多くは、発掘地が分かっています。にもかかわらず、今回のガイドラインは、わざわざ特定困難な祭祀承継者への返還に固執しているのです。

 祭祀承継という考えは和人流の考えです。ですから、ガイドラインの言っていることは、「和人流のやり方にしたがう者にだけ返す」ということです。明治時代の「北海道旧土人保護法」も「和人流のやり方で暮らす者だけ援助する」というものでした。もともと漁猟や交易で暮らしてきたアイヌの人びとに、農業への従事を求めたからです。

 今ではこうした同化政策は、アイヌ民族の伝統や立場を無視した差別的政策であったと考えられています。ところが、今回のガイドラインはその同化政策とまったく同じ発想でまとめられています。依然としてアイヌの慣習を認めず、和人の流儀で物事をおし進めようとしているのです。

 これでは、民族の復興をかたった差別の再生産ではないかと、私には思われます。

うえき・てつや/苫小牧駒澤大学国際文化学部教授

「個人が特定されたアイヌ遺骨等の返還手続に関するガイドライン」全文は本紙第9号、またはアイヌ政策推進会議のホームページでご覧いただけます。

2014年8月12日 (火)

「アイヌ人骨の返還・慰霊のあり方 先住民族の人権─責任と公益─」から

2014年8月9日、札幌市の「かでる2.7」で開催された、2014年国際先住民の日記念事業「アイヌ人骨の返還・慰霊のあり方 先住民族の人権─責任と公益─」(公益社団法人北海道アイヌ協会主催)で、講演と発議の後に行なわれた「質疑応答」のもようを、当日の音声録音をできるだけ忠実に書き起こしたかたちでお伝えします。一部敬称略。(北大開示文書研究会)

質疑応答

出演者
篠田謙一 国立科学博物館人類研究部長
百々幸雄 東北大学名誉教授、元日本人類学会会長
加藤博文 北海道大学アイヌ・先住民研究センター教授
大島直行 伊達市噴火湾文化研究所所長、北海道考古学会会長
司会・阿部一司 (公社)北海道アイヌ協会副理事長


阿部

 会場からの質問です。「アイヌ民族への遺骨返還体制のあるべき姿はどんなだと思いますか。アイヌ人骨研究はアイヌ民族にどんな利益がありますか。アイヌ民族だけが受けられる利益はありますか」。


加藤

 ご質問をありがとうございます。

 まず「返還体制のあるべき姿」について、私の発表でもお示ししたように、たとえばオーストラリアもそうですけれど、国や自治体、研究機関が組織的に大きく関わっていく必要性は絶対にあります。オーストラリアの場合をみますと、委員会体制は国の体制の中に置かれてますが、いかに先住民族が主導的に委員会組織を作っていくかが重視されています。遺骨にせよ副葬品にせよ、今後どう取り扱っていくのかという最終的な判断は、先住民族自身が決めていく。それができる体制を作るべきでしょうし、国はそれをきちんと支援するべきだと思います。経費も時間もかかる問題です。大学の一組織でできる話ではありません。

 「研究によるアイヌ民族の利益」ですけれど、遺骨に関しては私ではなく、ほかの人類学がご専門の先生方に回答いただいたほうが適切かと思いますが、私のほうに引きつけて言いますと、お墓を掘ると、遺骨だけではなくて、当然、副葬品が出てまいります。日本の場合は、いまの段階では、遺骨と帰趨を一にして扱う、と評価されていますが、研究者は副葬品を使って研究することはできます。文字に書かれなかった、まさにアイヌ民族の形成過程を知るために、いまのアイヌの歴史・文化をさかのぼるのは、年代の分かるお墓から出てくる副葬品が教えてくれるのかなと思います。資料としてお手元にある厚真町での発掘研究はその一例だと思います。ただ、これに関しても、文化財としての公益的な側面だけではなくて、それによってアイヌの人たちが自分たちの文化のルーツや基盤をどこにおくことができるのか、といった議論に結びつけていくことが大事だと思います。そのためには研究者は、その史料が持っている意義を逐次、説明していく、公開していくということが大事だと思います。


百々

 アイヌ民族の利益……これは私が言っているように、アイヌ民族は北海道に在来の人たち、先住している、縄文時代、あるいはそれ以前にさかのぼる、これは推測でしかないんですけれど、縄文時代からずーっと続いている人たちである、という、何と言うんですかね、……これはプライドになりませんかね?(「なりまぁす」と野次) なりますか? そういうことにつながるんじゃないかと私は思います。


篠田

 人類学なので同じなのですが、基本的にはアイデンティティの問題だと思います。自分たちがここにいるのは何であって、どうしてここにいて、何者であるかというのは、あらゆる民族が追求している問題で、日本国内でも、和人はそういう目的で研究を進めます。アイヌの人たちも同じように、アイデンティティがどこにあるのか、追求していくことは、日本国民にとっては重要なことだと私は思っていて、その部分で遺伝学的な研究というのはかなりいろんな情報を提供できる手段であると考えています。


阿部

 質問用紙がもう1枚……百々先生のところにあります? じゃお願いします。


百々

 「アイヌ遺骨について、研究者として、研究倫理をどう考えていますか」ということです。

 これは、明治・大正期の、え-、ですね……えー、有名な先生方が、えー、非人道的っていうか、えー、不法な発掘をしたことは十分、承知しております。そして、しかもそのうえで、それでもやらなきゃならないと思うから、私は、やっているわけであります。

 ついでに、五十嵐(由里子・松戸歯学部歯学科専任講師、日本人類学会会員=北大開示文書研究会注釈)さんから、謝罪を進めるのが先ではないか、ということなんですけれども、私自身が謝罪するのはいとも簡単、口で謝ればそれですむ。ところがこれはやっぱり学会とかどこかで考えてですね、学会会長名か人類学会としてどうするかとか、そういう謝罪のほうがいいんじゃないですかね。それ、やってる研究者が「すみませんでした」って言えば、それで終わってしまうんでなくて、公式な謝罪というのがあったらいいんじゃないか……。

 それから、「百々氏の『研究できなくなったら、アイヌの祖先がオホーツク人だという研究者が出てくる』というのは、アイヌの人々の尊厳より、研究を優先する言葉だと思いませんか」ということです。これはですね、私はアイヌの人たちの尊厳を守りたいから(笑)こういうことを言ってんです。あの、(研究が)なくなったらね、アイヌが北海道の在来の人じゃなくなるんだ、っていう人が出てくるんですよ。絶対出てきます。それを守るために、守るために、我々は研究を続けなければいけない。そういう意味です。だから決して、尊厳を無視して、えー、尊厳より研究を優先する言葉ではない、ということをご理解いただきたいと思います。


(フロアから野次)そうとらえてはいません。先生がいまおっしゃった通りです。


阿部

 篠田先生。


篠田

 えーとまあ、感想に近い話になってしまうんですけれど、再埋葬というのがさっき、加藤さんの話にありました。アメリカ、オーストラリアは再埋葬をしていく、ということで、これはぁ、人類学者にしては、まあ私としては信じられない話、なんですけれども。というのはですね、結局、再埋葬というのは元に状態に戻す、というんですね。ということは、元の状態に戻してもいいことしか、やってこなかったということです、研究者として。お墓を掘って、そこから出てきたものを研究したこと自体が、遺族の子孫に当たる人にとって何の意味もなかったから、そういう話になっていくんだと思うんですね。元に戻してもいいんだ、と。

 で、実際はですね、人類学者、考古学者が世界でやってきたことで、私たちは過去の自分たちの成り立ちであるとか社会であるとか生活であるとか、かなりいろんなことが分かってきたはずなんですね。それを、先住民に限って全く還元しない形でやってきた時代があって、それが今の状態を生んでいる、ということを感じました。それはまあ、過去に対して非常に、私たちとしてはまあ、反省しなければいけない問題なんだろうというふうに思います。

 ただですね、百々先生と同じなんですけれど、それを乗り越えて、今後の研究の体制を考えていくのが、私たち自身の願いであります。百々先生が「私は謝るのは簡単だ」とおっしゃいました。実は学会が謝るのも簡単かもしれません。口だけ謝ったって、それは謝ったことにならないんだろうと思います。謝罪ができるのは、本来の信頼関係ができなければ謝罪は受け入れられないでしょうし、片っぽは「おれは謝ったからいいじゃないか」という話、どっかで聞いたような話になっちゃうんですけど、そういうことになりかねない。さらに、強圧をかけて「この遺骨を返せ」ということをどんどんやり始めると、「もう適当でいいから返してしまえ」という話になるかも知れません。「もう数だけ合わせて返せばそれでいいじゃない」、埋めてしまって「もう責任は取りました」というのが、どうも私は、アメリカやオーストラリアのやり方のような気がします。

 政治的な決着というのはじつはそこなんじゃないかなと思います。百々先生がおっしゃったように、もしもそれをずっと続けていって、日本が同じことをした時に、いっぽうでは、和人・琉球列島の人たちの由来がドンドン分かってくる、ところがアイヌだけが分からない。50年100年経った時に、アイヌだけは「北海道の先住民族です。13世紀ごろに成立したんです」ということだけしか出てこない状態が生まれた時に、私たちはもしかすると、未来に対する責任というのを放棄したことになるんじゃないかというふうに思います。過去に対して責任を取るという、人類学者でもやれることはおそらく、「返還していただきたい」という方にできるだけの情報を提供する。遺体を精査して、それがどういう状態のものであるかという情報をできるだけ出すということしかできないだろうと思うんですけど、いまここで、もしも遺骨を埋葬して、二度とアクセスできない形にしてしまうことをやった時に、未来が被る損害、「あの当時の人間は何をやったのか」「あの時代の人類学者は何を考えてこんなことをしたんだろう」といわれる責任を、私たちを負わなければ何ないんだろうと思うんですね。

 そこまでを解決するためにどういった枠組みを作らなければならないか。オーストラリアやアメリカは15世紀より前の骨を掘ればもう、先住民しか出てこないわけですね。ところが日本の場合は、そういう社会ではない。根本ではアイヌの人たち、それから和人の人たちもどっかでつながっているかもしれないという、この社会を再構築する時に、一方的に「アイヌの人骨であるからこれはもう触らないことにしましょう」というタブーを作ってしまうことのほうが、将来的には問題が大きいんではないかな、と個人的には思います。


大島

 あのーすみません。このまま時間がなくなると、ただ泣きに来たみたいになるので(笑)。タイトルも「発議」になっております。私にも少し言わせてください。百々先生の発言も篠田先生の発言も、もっともだと思います。だからと言うことではありません、私が気にしているのは、さきほど、どんな形でみなさんに伝わったか分かりませんけれど、こうした問題をオープンな形できちんと学会で取りあげているかというと、もうほとんどないんです。先ほど、読売新聞の片岡さんの(記事)コメントもありましたが、2003年には初めて、日本人類学会が公開の場で、あの時は600人の方が来ましたけれども、公開の場でディスカッションできたんです。その後、いつやったかというと2010年。これ全部、伊達市でやったものです。そうじゃなくて、きょうは人類学会の会長さん、松浦(秀治)先生もいらっしゃってますから、お願いなんです。毎年やれとは言いませんけれど、ぜひとも東京で、大阪で、福岡で、日本人類学会の大会をやるときに、こうしたシンポジウムで多くのみなさんがたに聞いていただく場を作っていただきたいと思います。百々先生も篠田先生も研究の意義を強調されていました。でも、それを東京である意義はものすごく大きいと思います。大阪でやる意義は大きいと思います。伊達市で2回やって終わり、というのはダメです。
 定年で私、研究所最後の年なんですけど、今年10月、日本考古学協会の大会を伊達で開くことになりました。無理にお願いして、アイヌ協会の阿部(一司)さんに、合同で基調講演をしていただくことになりました。思いの丈を、先住民アイヌと言うことで、日本中から集まってくる考古学者に対して、お話ししていただければと思っています。そういう機会はもっともっと、たくさんあっていいんだと思います。

 特に学者はね、サボっていたと思います。逃げていたとは言いませんが、やっぱりサボっていたと思います。こういう研究の意義だとか成果だとか、何が分かるんだ、ということをですね、多くのみなさまがたに伝えていく必要があると思います。

 もうひとつごめんなさい、もう当たりそうにありませんので、もうひとつ発議をさせていただきたいと思います。アイヌ文化振興機構がリストアップした道内のアイヌ文化を展示している博物館というのは34館、北大の大学院で修論を書かれた※※さん(聞き取れず)にうかがいましたら34館……37館?……40館くらいあるんだそうです。彼女、全部回ったそうです。びっくりしたんですけど、なんと、アイヌは先住民だということを書いている博物館はほとんどないそうです。北海道開拓記念館にも、書いてありますけれど、分からないそうです。申し訳ないけども、白老のアイヌ民族博物館も、英語とハングルと書いていますけど、ほんとによーく目を凝らして見ないと分かりません。こんなことはね、さっきの萱野(茂)先生の「(振興法予算)70数億のうち(二風谷のアイヌ語教室には)60万円しかこない」という話ですけれども、わたしは、全部の博物館に共通パネルをね、「アイヌは先住民だ」というパネルを作って飾ることに1000万円もかかるわけないです。こういう、できることはちゃんとやってほしいし、学者も、きちっとそういう支援をしてほしいと思います。まずそういうことなんです。

 ここまで言ったんで、もう一つ言いますけれど、これから返還問題なんか、解決に向かっていくんだと思います。どうなるかは分かりません。けど私、ひとつ心配してんのは、北大にしても札幌医大にしてもほかの大学にしても、白老に移して終わり、というふうにはしてほしくないんです。いま、北大の博物館の中には、A4判より小さい記載で、なぜここに人骨があるのかということを書いています。でも、だれも見ません。だから、返すにしたって、この大学にこういうふうな経緯でアイヌ人骨があったんだということは、ちゃんと形骸化しないように忘れられないように、きちっと示す責任は、私たちにはあるんじゃないかということを、お話をさせてもらいました。もうしゃべりません。


阿部

 加藤さんに質問が来ています。


加藤

 私が今日お話ししたのは海外の事例だったので、「具体的にアイヌ人骨の返還について現状はどうなっているのか分からない。考古学会は今後どういうふうな取り組みをするのか、きちんと説明してほしい」という質問が来ています。

 アイヌ人骨の返還について、私自身が、たとえば北大がどういう形で今後アイヌ人骨の問題を考えていくのかとうことを責任を持って発言する立場にはありませんので、私が個人的に理解している範囲でお答えさせていただきますが、北大の今のスタンスというのは基本的に「アイヌ人骨はできるものはとにかく返還していく」というスタンスです。研究のために大学に残すということは一切考えていませんし、そういう理解で大学もいる、というふうに私は理解しています。

 きょうご紹介したような形の中で、「では返還をするとしたら、海外の事例と比べて、どういうタイプのものが望ましいのか、もしくは独自の条件が必要になるとすればどういうことが考えられるのか」という質問も来ています。

 私自身が返還の政策を作る立場にありませんので、これも私の個人的な意見になりますが、いちばん大事なのはまずやはり、アイヌの方々がどういう形でこの返還問題というものを解決に導いていきたいのかという声を醸成していくことだと思います。そのために、きょう紹介した中でひとつ欠けているのは、オーストラリアの場合、さきほど再埋葬に関して篠田先生から、必ずしも妥当な方法ではないというご意見いただきましたが、オーストラリアは、19カ所の先住民のコミュニティに委員会メンバーや政府委員が出掛けていって、コンサルティングや意見聴取会をしています。やはり声を広く集めるという努力をすることが大事なんだろうと思いますし、当然、こういう問題ですから、いろいろな意見があるのだと思います。

 この問題でもう一つ重要なのは、簡単には答えが出ない問題だ、ということです。非常に長期的なお話を、さきほど篠田先生がおっしゃっていました。「未来に対する約束」という。そういう見方があるということを、私も理解しています。ただ、やはりいま、少なくともアメリカでも、ああいう政策、連邦法を作っても、10年近く経って実はほとんど解決できていないんですね。この問題というのは、むしろかなり時間をかけて長く長く取り組んでいく問題です。

 私は、白老に一時的な集約施設を作ることは、今の現状では、まあそういう選択肢もあるのかな、と考えています。ただそれは、最終的な保管にしてはいけないと思います。そこに一度集約したものは、常に返していく努力はしなくてはいけない。ですから、さきほど大島先生もおっしゃっていましたが、北大としては「白老に移管したからお仕舞い」ということではないと思います。

 北大にあるアイヌ人骨は私自身が自分で調査した、収集したものではありませんが、北大にいる教員のひとりとして、この問題はやはり、アイヌの方々が納得できる形で解決していく部分の責任の一端を担っていると理解して、私なりにできる範囲でこの問題にかかわっています。恐らくこの問題は簡単には答えは出ないでしょうし、白老に移管した後も、北海道で考古学をやる人間である以上、おそらく関わっていかなければいけない問題なんだというふうに理解しています。

 問題はですね、一番大きな問題は、「白老の国立博物館建設にもからんで、どういうふうな環境整備が進んでいるのか」というご質問も入っていましたし、「考古学会はこの問題にどうかかわっていくのか」という質問もありましたので、合わせて答えますが、一番の問題は、現状で大島先生がご紹介された部分、伊達市の取り組み(発掘した遺骨も副葬品も市外に持ち出さない)というのはかなり例外的な状況で、多くの自治体では、発掘されたお墓は、出てきた遺骨と副葬品はバラバラにされてしまいます。法律的には、一度見つかったものは文化財認定を受けているにもかかわらず、物質文化資料である刀であるとか玉であるとかは(地元の)教育委員会や博物館に残されて、遺骨は、たとえば北海道であれば札幌医科大学に集約されている。バラバラにされてしまう、という問題があります。これはですね、今後「だれの文化遺産であるのか」ということを考えていくうえで大きな問題ですし、なぜ考古学会は人類学会と線引きをして骨と副葬品を分けてしまったのかということを考え直さなくてはいけないと思うんですね。そういう意味ではこの問題は、「骨の問題は人類学者に責任があって考古学者には責任がない」という問題ではありません。掘っているのは私たち考古学者です。やっぱり考古学者もこの問題にはかなり大きく関わっていますし、われわれも一度この問題を見直す、すごくいいタイミングなんだと思います。

 いちばん大事なのはやはり、私たちが自分の研究の対象というふうに考えるだけはなくて、いったいだれの文化遺産を調査しているのか、その遺骨を掘られることに対して関係する人たちがどういう感情を抱いているのかということをやっぱり意識すべきでしょうし、研究者に求められるのは、きちんとしたインフォームドコンセント(ていねいな説明に基づく同意)だと思います。発掘をするにしても何にしても、いい面と悪い面が両方あるわけですから、いいことばっかりいうのではなく、それによってどういう負の状況が生まれるのか、困ったり悩む人がいないのかどうか、そういうことも踏まえたうえで、本当に研究がしたいのであれば、そういう関連のステークホルダー、利害関係者の人たちが納得できるようなところまで説明をして初めて、調査というのは成立するんだろうと思っています。たぶん、この部分がいちばん今まで欠けていて、手抜きであったためにこういう問題が残されている。

 私はじつは、きょうも何回か名前が出ましたが、北大の遺骨を掘ったK先生という先生が悪人で、最大の悪人で悪い人だというふうには考えていません。実はいちばんの悪人はですね、それを長く放置してきた北大の関係者です。いまやっと状態が変わりつつありますけれど、実はこれ30年40年以上放置されてきた問題なんですね。みんなそれを避けてきた。だからこそ、私たちもいま真摯に向き合わなければいけないんだと思いますね。


百々

 あのね、いま「放置されていた」って言いますけども、実は人類学やる人、いないんですよ。私70(歳)になる、なんでこんなヘロヘロになって仙台からフェリーに乗って来るなんて……。私いちばん心配しているのは、だれが私たちの後を引き継いでくれるのか、それが心配してるんですね。それはね、私の理想論だって言っても、10年先でも20年先でもいいから、アイヌ民族の若い人にやってほしいんですよ。それをね、それをぜひお願いしたいんです。それのためにはいくらでも協力する、協力するって豪語してたやつがきょう、どっかへ逃げ出しちゃっているけど、しますから、最終的にはアイヌの若い人たちがね、人類学、アイヌとか縄文人を腰を落ち着けてやれる人が出てこないとダメだと思うんです。それを、ここでちょっと言いたかった。


篠田

 えと、加藤さんの質問が、後に私への質問が入っている質問票だったので、それについてお答えします。「遺体からDNAを取り出す方法はいかがなものでしょうか。何らかの破壊をともなうものではないでしょうか。言われる『尊厳ある慰霊』と矛盾するのではないでしょうか」というご質問です。

 確かに私のやっているのは破壊実験です。DNAを採るためにだいたい0.5gから1gくらいの骨片、ないしは歯を削ることになります。現在行なわれている研究というのはかなりそちらの部分が多くてですね、たとえば遺骨の年代測定をするとか、その人が何を食べていたのかといったことを調べるといった研究はすべてが破壊をともなう実験になっています。おそらく百々先生は破壊なんか認めないとおっしゃるでしょうが(百々「そんなことないよ」(笑))、人類学者の中でもずいぶん議論がある問題なんですけど、これは結局足し算引き算の話になっていまして、それをやったことによって得られる情報というのが、それを失うことよりも大きいのかどうかということを、基本的な考え方にしています。きっと、すべてのフレームが同じで、遺骨を研究することのメリットと、それをやったことに対するデメリットの引き算みたいなものが必ず絡んでくるということを基本的には同じ話をしてきているんだと思いますけれど、たとえばドイツのネアンデルタール人の人骨も削ってですね、DNAを採るということをしていますので、ある学者のコミュニティの中ではこれは認められつつあることなんだろうと思います。

 ただまあ、そこから得られる情報のメリットと、それをまあ、ある意味尊厳を傷つけるというふうに考えられる感情のデメリットの部分を、どう対応させていくのかというのは、えーと、少しきちっと考えてみようというふうには思います。


阿部

 ありがとうございます。はい、あと2分30秒……。大島先生?


大島

 今までの質問とは毛色が違うんですけれど、「北海道・北東北の縄文遺跡群の世界遺産登録を目指すユネスコへの申請とアイヌ文化は現状のままでよいのか」という質問です。

 私は全然よいとは思っていませんけれども、なかなか悩ましい問題で、ご承知のように2年続けて先延ばしになりましたよね。新聞報道では「落選」て書かれたんですけど、「落選」は言い過ぎかなと。マスコミの方、来ておられますが、「落選」ではないと思いますので、よろしくお願いします。それでですね、えーと、この議論にはなかなかなりません。2年前にもう、IKONOSが入ってきて、IKONOSというのは審査機関ですね、私どもの町の北黄金貝塚ちゅう遺跡候補になっていますから、視察に来ました。2回。今年も入ってきます、9月にですね。その時にピーターソンさんという方とカマーさんというアメリカの二人の考古学者と人類学者が来た時に、「初めて聞いた」つってました。ようするに縄文遺跡にアイヌとの関係性があるんだと言うことを聞いて、ビックリしていました。いまのところ、申請書にはアイヌは全く出てきません。でもピーターソンとカマーさんの2人の先生は、審査の講評の時に「縄文がアイヌ文化と関係があるということを(申請書に)入れたほうがいいんじゃないか」とサジェッションいただいているんです。でもなかなか、日本の考古学者が縄文を語る時に、アイヌ文化まで視野に入れて考えているかというと、全然考えていません。人類学はね、両先生がおっしゃるように縄文とアイヌとはきちっと一系列の中に考えられてますけど、考古学者の中にはそういう考えはほとんどないです。私は何年か前からそういう話をしているもんですから、異端の考古学者というふうにされているんですけど。

 私は、時間はかかるかも知れませんけれども、縄文文化もアイヌ文化もそうですけど、けっきょくは物質文化の切り口でしか見ていないですよね。きょう私が冒頭にした話になりますけれど、人間の文化の中にはもうひとつ精神性の文化もあるわけですよねえ。私の知る限り、ほんとに体系的にアイヌの精神性ってことを書き上げたのは、山田孝子さんだけではないでしょうか。京都大学にいらっしゃいますけれども、かって北海道大学にいて、講談社メチエから『アイヌの世界観』(1994年)という本を書かれたんですね。象徴人類学(認識人類学?)というきちっとした方法論を使って書いたものです。私はこんなすぐれたアイヌ研究は見たことがありません。けどアイヌ研究者の中ではそれはもう全く無視されていますね。考古学者はそれを見ようともしません。こんな段階ですから、アイヌと縄文をどうのこうのという話にはまずなりません。私も何年か前から、縄文文化の精神文化というところに基軸をおきながら研究した時に、やっぱりアイヌとどうつながるかという問題をですね、テーマ設定をできるんで、ですからこれは、時間がかかるかも知れませんが、やっていきたいと思います。現状でよいとはぜんぜん思っていません。


阿部

 ありがとうございます。時間になりましたので ……あ、どうぞ。


フロア

 すみません、日本人類学会の会員の五十嵐(由里子・松戸歯学部歯学科専任講師、日本人類学会会員=北大開示文書研究会注釈)と申します。さきほどちょっと質問という形で意見を出して、ちょっとしか受け取られなかったので、ちょっとお話ししたいと思います。私は人類学(者)なので、骨をやればどういうことが分かるかというのは、すごくよく分かります。でも、やっぱり人類学者としてまずやるべきことって考えたら、やっぱり過去の人類学者がやってきたことをちゃんと知るということと、私自身はそれを謝罪という形で、まあどういう形がいいか分かりませんが、するべきだと思います。

 それで、アイヌのご遺骨に関しては、まず、人類学やったらどんな良いことがある、ということは一回飲み込んで、まず最初にアイヌの方々にすべて委ねるということをすべきだと思います。アイヌの方々にもいろんなご意見があると思いますから、十分話し合っていただいて、その過程でもし、人類学者の意見が必要だというようになったら、その場で、対等な形で、意見を述べ合うという場所がすごく必要だと思います。

 今回の討論会もすごく楽しみにしてたんですけど、実際は結局、人類学のご意見を聞く、そしてそれに対する質問、という形で、全然対等じゃないと思うですよね。人類学のほうも、そういう、お骨に対する研究会をもっと公表、オープンにして、アイヌの方なんか、いろんな方に来てもらうとか、そういう場所も作るし、アイヌ協会の方にもやっぱりお願いしたいんですけども、そういうアイヌと人類学者と、もっと、何て言うんですか、対等な立場で話し合うという機会をぜひ作っていただきたいと思います。

 そうじゃなくて、一方的に人類学の良いことばっかり言っているっていっても、やっぱり相互の理解はできないと思いますので。はい、ということです。それちょっと、意見という形で言って、ちょっとしかアレだったんで、言わせていただきました。すみません。


阿部

 (……小声で聞き取れず……)言っていただきました。ありがとうございました。

 最後に、「アイヌ人骨の集約とか返還についてどういう考えなんですか、アイヌ協会としては」という質問です。

 これはですね、集約後も基本的には返還、です。返還できるものは必ず返すようにというのが建前ですから。で、返還できないものについては、倉庫に入れたりですね、大学で何もしない、さきほどお話ありましたように、この10年くらい研究者がぜんぜんいなくなってしまったというお話ししていましたけれど、それはやっぱりきちっと海外の例を見てもですね、きちっとした施設を作って集約しているわけです。で、基本的に返還をするということが、この35ページにもきちっと書いています。「集約後も国」、日本国ですね、「はじめ大学の責任でしっかりアイヌ民族と対話をして責任を果たしなさい」、これを書いてございます。そしてさらにですね、「アイヌ民族の誤解が生じたり、不利益にならないように、適切な合意形成、十分な情報提供、配慮のもとにやってください」と。

 このように申し上げておりますので、今後ともまた、こういう機会を作って、いろんなご意見をいただきたいと思います。本日はたいへんありがとうございました。

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