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2013年4月

2013年4月29日 (月)

ドイツ博物館連盟「博物館・収集品における遺骨の取扱のための勧告」

ドイツ博物館連盟が、「博物館・収集品における遺骨の取扱のための勧告」を公表しました。

英語版(Recommendations for the Care of Human Remains in Museums and Collections)もあり、以下のリンクからダウンロードできます。

http://www.museumsbund.de/de/publikationen/online_publikationen/

ドイツの遺骨返還については、シンポジウム「さまよえる遺骨たちパート3 先住民への遺骨返還はセカイの流れだ。」でも詳しく報告されました。詳しくはこちらをどうぞ。

2013年4月24日 (水)

北海道大学・山口佳三総長あての申し入れ書

2013年4月24日

北海道大学総長 山口佳三様

北大公開文書研究会 共同代表 清水裕二/殿平善彦

申し入れ書

 この度、貴校が公表した「北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書」に関わって、去る4月22日午後4時、私ども2人の共同代表が大学総務課に出向き、総務企画部総務課課長補佐・太田裕美氏に北大総長宛ての「抗議と要請」の文書を手渡しました。

 その際、北大はあらかじめ、面談は一切拒否し、総務課玄関先で受け取るだけだと宣言した上に、人数も二人に限定し、かつマスコミによる取材も拒否しました。

 そもそも北大は、これまで当会の面談申入れをことごとく拒否し続け、非公式にではありますが、申し入れはすべてアイヌ協会を通すようにと、窓口一本化を押し付けてきていました。

 このような北大の姿勢の延長として、太田課長補佐は、私どもを総務課玄関の入り口に止め、文書の内容を見ることもされませんでした。また、内容を精査し、5月10日までに回答をいただきたいという当方の申し出にも、「文章を受け取るだけです」と伝言を拒否されました。

 この対応は、来客への礼儀を失するものであるだけでなく、アイヌ人骨問題に関心を持つマスコミの報道すら敵視する態度でした。そこには、北海道大学の誠意を感じることが出来ず、残念というほかありません。

 回答を希望する期限も、口頭で申し上げたので、ここに改めて、「抗議と要請」文の4点に渡る要請内容に関して、5月10日を期限として、ご回答いただきたいことを明記して、この文書を差し上げるものです。

 ご返事をいただく先は下記の通りであります。(住所略)

2013年4月22日 (月)

「北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書」に関する抗議と要請

 2013年3月、北海道大学は、「北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書」を報道各社向けに記者会見の形で報告した。

「北大開示文書研究会」は、発足以来、小川隆吉氏と共に北大に対して、「遺骨に関する真相究明」を求めて活動してきた。北大は、2008年「アイヌ民族を先住民族として認める事を求める」国会決議(衆参全会一致)や「アイヌ政策推進会議」等による国の政策にあわせて、所蔵するアイヌ人骨に関する調査をせざるを得なくなったのである。しかし、本報告書では、「発掘」の経緯を明らかにするために不可欠な「野帳」や「アイヌ人骨台帳原本」は不詳とし、医学部関係者や児玉作左衛門教授の遺族等に対する聴取など踏み込んだ調査は一切していない。また、「発掘」についても、経緯が不明なものが多く、客観的裏付けがないにも関わらず、承諾等を得たとの文言や刑事手続きに問われていないことなどをもって、結論として問題はなかったと正当化している。さらに、児玉教授らが発掘した墓地や遺骨には、公表されていないものが多数あるにも関わらず、それらについての調査、報告はしておらず、人骨と同時に持ち去られた副葬品についての調査も一切なされていない。

 このような北大の姿勢からは、過去の誤りを真摯に検証し、反省し、アイヌに謝るという姿勢が微塵も感じられない。研究対象として、利用された当事者・アイヌの心に届くには程遠いものである。報告書の検討の中で浮かび上がったのは、北大医学部の、非人道的で命の尊厳を無視してきた高飛車な姿勢である。将に人権や民族の尊厳を踏みにじる研究姿勢であり、現在も続く隠蔽体質・学問至上主義そのものである。

 私たちは、アイヌ人骨研究がいかなる根拠に基づいた研究だったのか、「発掘・盗掘」がなぜ行われたのか、それらは違法であり、学問倫理に反していなかったかを問い、北大自らがその解明に努力することを求めて強く抗議する。そして、以下のことを北大に求めるものである。

1、北大は、当事者である遺族及びアイヌや市民に対する報告として、だれでもが理解できる、分かりやすい表現による簡便な報告書を早急に公開すること。

2、「発掘」は“遺族の承諾を得た”とする報告は、断定的であり恣意的である。発掘に当たり“承諾を得た”とする証拠や確固たる事実を明確にすること。それが明確にできないのであれば、承諾を得ずに発掘した可能性が排除できないと認めること。

3、副葬品に関する発掘や保管に関して、調査し問題とする姿勢がないのはなぜなのか明確にすること。

4、北大は、すべての資料を公表し、アイヌや市民も参加する調査委員会を設置し、公平かつ客観的な調査(学内の文書調査だけでなく、発掘状況に関する、当事者のアイヌ民族および発掘関係者の証言の系統的な調査)を再度実施して、誠意をもって真相解明に努力すること。

2013年4月20日

シンポジウム「さまよえる遺骨たち」パートⅢ集会者一同 遺骨返還請求訴訟原告一同・北大開示文書研究会

2013年4月20日 (土)

小川隆吉さんの意見陳述書

アイヌ遺骨返還請求訴訟第3回口頭弁論(札幌地裁、2013年4月19日)における原告・小川隆吉さんの意見陳述書です。

意見陳述書

2013年4月19日

住所(略)    小川隆吉

1 杵臼墓地

 私は昭和10年に杵臼で生まれました。アイヌとして生まれ育ったのですが、親やまわりの年寄りは、アイヌの暮らし方や風習、伝統といったものを子供の私には見せないようにしていました。葬式もアイヌ式でしていたようですが、夜、こっそり、こどもの目の触れないようにしていました。差別を受けないようにとの年寄りたちの配慮です。

 今、この裁判で一緒に原告となった城野口ユリさんたちは、近所に住んでいました。

 ある日、私の母が、灌漑用水路にかがんで洗い物をしていて、間違って落ちて死んでしまいました。私が11歳のときです。このとき、ユリちゃんのお母さん、マツさんが、私を抱いて泣きました。マツさんは、その当時、コタンのリーダーでした。私の面倒をよく見てくれました。

 母は杵臼のアイヌ墓地に埋葬されました。

 けれども、杵臼での生活や杵臼墓地のことは、長い間、記憶から消すようにしてきました。

 この杵臼の墓地に私の曾祖父母、エカシ・フチが眠っていたのです。わかっているだけでも10名以上です。小川伊多久古禮が亡くなったのは明治38年6月3日、フチカシユが亡くなったのは昭和6年4月1日です。それらの骨はすべて北大に持ち去られました。

 昭和49年、兄の清治郎が杵臼に新しい墓を建てました。清治郎が本州へ転居の後は、私が妻や子供たちと、毎年夏になると、草取りをしたりお酒をあげたりして先祖を供養してきました。

2 北海道大学医学部動物実験室

 昭和56年9月16日、貝沢正、野村義一、杉村京子、佐藤幸雄、葛野守一、小川隆吉の6名が医学部3階に案内されました。その部屋の壁一面に、頭骨があったのです。

 右から、エゾオオカミ、シマフクロウ、そしてそれらに並んでアイヌの頭骨がありました。動物の骨と並んでアイヌの頭骨が並んでいたのです。 アイヌ頭骨には、ナンバーとドイツ語の文字が書かれていました。

 旭川から来た杉村京子さんはこれを目にして、床にひざまずき、「許してください、許してください……」と三度、叫びました。三度目は、声をつまらせていました。

 そして、何にも持たずに来たことを詫び、近くに立っていた佐藤君に、「タバコ、ロウソク、お線香を急いで買ってきてください。」と言いました。

 佐藤君がビニール袋に入れて持ってきたものを見た北大職員から、「ここは火気厳禁です」と告げられたが、皿を使い、巻煙草にライターで火をつけて供養をしようとしました。なんとも言えない怒りで、目の前が見えなかったことを今も思い出します。

 上記の実態を現アイヌ協会本部に知らせるきっかけを作ったのは、北海道日高郡厚賀町出身のアイヌ、海馬沢博氏でした。北大獣医学部の卒業で、当時、自治労の副委員長でした。今思えば、私は、海馬沢氏の思いと遺志を受けついていでこの裁判を起こしたのです。そのことを裁判長にはっきり伝えます。

 上記の実態は放置できない、せめて地上に下ろすべきだとの協会の声を大学は無視できなくなりました。そこで、医学部駐車場に、建物面積は74㎡、工事費は1640万円という見積もりで、納骨堂を建てることを文部省に申請したのです。

 請負業者が決まり、足場が立ち、建物名が書かれた看板が立てられました。そこには、なんと、「北海道大学医学部標本保存庫新設工事」と書かれていたのです。

 なぜ、このようなことをずるのかと現場工事請負業者に聞いたのですが、大学に聞けというばかりです。

 北大に聞くと、この工事は国の事業で、3年後に行われる会計検査が済むまでは変更はできないといいます。

 ここから、文字通り、北大の2枚看板の始まりです。北大は、アイヌ納骨堂として建てた建物が、宗教色が強い建物は建てられないという理由によって、表向きの看板には、「医学部標本保存庫」としたのです。先祖の骨が標本室と書かれた建物に置かれているという事実はたいへんに屈辱的でした。 そして、また、この中にいったいどのような骨があるのか、その内容も知らされないままでした。

3 アイヌ人骨台帳

 私が北海道大学にアイヌ人骨台帳の存在を知ったのは、今から5年前の平成20年のことです。1月10日、10時10分、私の携帯電話が鳴りました。

 「小川さん、元気ですか?」「ぼく、北大医学部の学生です。小川さんが探していいたアイヌ人骨台帳と思われるものが見つかりましたよ。」との声に、私はびっくりしました。

「まさか…、本当か?!」

「ぼくは嘘はつきません。」

 11日の朝一番、スクーターで北大事務局に飛び込みました。9時30分でした。2階部長室で林副学長と名刺交換しました。

 「アイヌ人骨台帳があると聞いてきたが、本当か」と尋ねました。林副学長は、「ありました。しかし、あのままでは外部に出すのは難しい」というのです。

 私が、「あのままとはどのようなことを指すのか?」と聞いたところ、「記述内容に差別的なものがあった。」と話され、「時間がほしい。」と付け加えました。

 もう待っていられないとの思いで、その三日後に情報開示請求の手続きをスタートしました。ここでも、待ってくれ、待ってくれのオンパレード。

 しかも開示されたのは、とても台帳とは言えない、ワープロで入力された簡単なリストです。この元となった「台帳」を出して欲しいと北大に請求したが、「そんなものはない」の一点ばりです。

 もう我慢できない。そこで、異議申し立てをしたところ、9月には申し立てが認容され、アイヌ人骨に関する文書がなんと27点も開示されたのです。その中には、「アイヌ民族人体骨発掘台帳」という手書きの台帳もあり、そのときは、これこそ探していた「台帳」だと喜びました。

 しかし、この3月に北大が出したアイヌ人骨についての調査報告書には、台帳の原本である「発掘人骨台帳」というものがあって、それが平成20年、私が開示請求をしたときに医学部にあったというのです。唖然とするほかありません。

 北大には、「虚偽」と「隠蔽」しかありません。真実に近づくための学問の府とは、正反対です。児玉作左衛門の時代だけではなく、今もなお、アイヌに対して侮蔑に満ちた態度しか取れない、これが北大です。このような研究者に、大切な先祖の骨を保管させておくことはできません。

4 無条件での返還と謝罪

若いとき、記憶を消そうとしたアイヌの暮らしや伝統、そしてアイヌの墓は、私と家族にとって、そしてアイヌにとって、かけがえのないものです。

 墓からの盗掘がいかに罪深いものか、学問の自由とは何か。人間の静かに住む大地、アイヌモシリが奪われ、死者の人骨まで奪われる。それを返そうとしない北海道大学に限りない怒りを私は表明します。ただちに返してください。無条件で。

 北大と国立科学博物館と政府は、盗掘されたアイヌ人骨を白老に移送し、そこで「慰霊」をすることによって大学の全責任を免れ、しかも新たに遺伝子研究の材料にしようとしているのです。この態度が一番許せないのです。過去をうやむやにする姿勢が許せないのです。

この裁判で、先祖の人骨を取戻し、北大が行なってきた罪悪をすべて明らかにしていきたいのです。

以上

2013年4月17日 (水)

アイヌ遺骨返還訴訟、次回口頭弁論は4月19日開廷

20121130 今週金曜、2013年4月19日午前11時半から、札幌地裁で開廷します。裁判はだれでも傍聴できます。

裁判所へのアクセス方法は札幌地方裁判所のホームページをどうぞ。
北大開示文書研究会はこの裁判の原告を応援しています。

シンポジウム「さまよえる遺骨たち Part3」は今週末開催です

シンポジウム

さまよえる遺骨たち Part3 先住民への遺骨返還はセカイの流れだ。

Samayoeruikotsutachi20132013年4月20日(土曜日)

13:15〜15:45

札幌市教育文化会館

入場無料 ※資料を有料でお分けします。

ご挨拶 清水裕二さん(北大開示文書研究会共同代表)

報告1 小田博志さん(北海道大学大学院文学研究科准教授)「ドイツにおける遺骨返還の状況/倫理にかなった遺骨返還とは」(60分)

報告2 市川守弘さん(弁護士)

「アメリカにおける遺骨返還を巡る問題」(15分)

報告3 植木哲也さん(苫小牧駒澤大学国際文化学部教授)

「英国の遺骨返還状況」(15分)

休憩

発言1 城野口ユリさん(アイヌ遺骨返還訴訟原告、少数民族懇談会副会長)

発言2 小川隆吉さん(同、北大アイヌ人骨台帳開示請求人)

報告4 「遺骨返還請求訴訟の経過」市川守弘さん(原告代理人)ほか

【主催】北大開示文書研究会

【後援】少数民族懇談会、日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センター、平和・人権と民主主義を守る民衆史掘りおこし北海道連絡会、強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム、さっぽろ自由学校「遊」

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