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2011年7月

2011年7月30日 (土)

第28回「北海道大学アイヌ納骨堂におけるイチャルパ」8月5日開催

社団法人北海道アイヌ協会主催の第28回「北海道大学アイヌ納骨堂におけるイチャルパ」が下記要領で開催されます。

【日時】8月5日(金)11:00〜13:30
【会場】北大構内、アイヌ人骨納骨堂前

Friday August 5 at 11 pm. The Association of AINU will have ICARPA, traditional memorial service for the 929 dead in the charnel for AINU people by the Hokkaido University Hospital.


より大きな地図で 北海道大学アイヌ納骨堂 Charnel for AINU people を表示

2011年7月23日 (土)

AINU people wants the restoration.

AINU people wants the restoration.

The Research of HOKUDAI Materials had had a symposium for this theme with about 100 audiences on June 10th 2011, in Sapporo.

Mrs. Yuri JOHNOGUCHI (1938-) living in Urakawa Town, had been taken her grandfather's ashes from his grave by Ph.D. KODAMA in 1935. "My mother told me that she was sorry she could not restore grandfather's ashes, and she was dead. Now I am old like mother, but when I go to the heaven without the restoration, Grandfather and Mother will feel vex again.", she said.

Tetsuya UEKI, professor of philosophy in Tomakomai Komazawa University said "Anthropologists gathering AINU ashes with their powers of authorities was very violent for the minorities. The universities must investigate the historical guilty, find out bereaved families of each ashes carefully, give back them the ashes and grave goods,
and apologize them".

Finally, all of the audiences and The Research of HOKUDAI Materials read the requests for Japanese Government, National Assembly, and the University. ; On the premise giving all ashes back to the families, you must start honest and careful conversation with all AINU people.

Anthropologists dug graves and pillaged old bones of AINU people.

In 1880s - 1960s, some Japanese anthropologists and anatomists were very interested in the ethnology and had gathered plenty of bones by digging graves of AINU people in Hokkaido and other islands. Why did they do such blasphemy? Because they were ambitious of looking for the features as AINU race by measuring bones, especially skulls. They actually finished many papers depend on this "researches".

However, they sometimes dug the graves without the admissions of bereaved families. And sometimes they brought not only bones but grave goods also. There were some treasures so-called TAMASAI in the grave goods.

The names of the scientists ; Ph.D. Yoshikiyo KOGANEI (1858-1944) from Tokyo imperial University, Ph.D. Kenji KIYONO (1885-1955) from Kyoto imperial University, and Ph.D. Sakuzaemon KODAMA (1895-1970) from Hokkaido imperial University.

In 1980s, a bereaved family of AINU required the University of Hokkaido to give back the ashes keeping in the laboratory for animal examinations of the faculty of medicine for many years. The families and the Association of AINU handed notes of protest to the University, and then, 35 families received each ashes. The University built a charnel for AINU people by the hospital of the faculty, and stored again the ashes. There are 929 ashes in the charnel.

However, the University has never apologized for the indigenous people. Nobody knows where the many grave goods are. So Mr. Ryukichi OGAWA(1935−), one of the EKASIs of AINU, has required to show all papers, reports, letters, notes, and something else concerns with the researches in 2008 using the Low of Information Legislation. The office of the University has given him 35 information.

The Lists of AINU bones gathered by digging, written by the 2nd Department of Anatomy, recorded year unknown, is one of the new materials in public at first time. The Research of HOKUDAI Materials, a group for supporting Mr. OGAWA, has found some conflicts between materials and papers, for example, the numbers of ashes or grave goods.

AINU, the indigenous people in Hokkaido and neighbor Islands.

Japan has 4 major islands and many smaller islands around the major islands. Hokkaido is one of the major islands, and is the Northernmost, the second largest one. It accounts 78,000 km2. It is little smaller than Ireland, and is little larger than Sri Lanka.

In Hokkaido Island and some neighbor islands belongs to the subarctic climate area, the human has been living since over 22,000 years ago depending on the rich natural resources from forests and seas. A lot of ruins teach us there was no white page in the history book from that time until recently. Through some big ethnical changes, SATSUMON people became conspicuous of the island in the end of 12 century. The SATSUMON people is considered the origin of AINU people living now. From 13 to 19 centuries, they had archived progressing the original AINU cultures with hunting, fishing, collecting plants, and trading treasures with other peoples including Japanese.

In 1869, about 140 years ago, the Japanese government from Tokyo in Honsyu island established the Developing Office in Sapporo, Hokkaido. The Office started developing Hokkaido with great power. Many soldiers and migrators came from other major islands of Japan to Hokkaido. With the Japanese imperialism, the Developing Office never admitted the human rights of "natives". The Office inhibited AINU people to live in their way. They were forced to speak Japanese language, to go to Japanese schools, to name Japanese names and to wear Japanese dresses. And they were plundered their places and were forced moving. AINU people lost the rights of hunting and fishing, but got duties of working and military services.

Although Japanese government had turned from imperialism into democracy after loosing WW II, 1945, but had not admitted the rights of self-determinations of AINU people for long time. At last, in 2007, the government ratified the united nations declaration on the rights of indigenous peoples, and presumed AINU people as indigenous people.

AINU people has about 24,000 of population. Japanese has about 128,000,000 people.

2011年7月13日 (水)

「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」に要請文をお届けしました

北大開示文書研究会は本日、「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」会員の方たちに以下の要請文をお届けしました。
浅野貴博さん、福島瑞穂さん、紙智子さん、今津寛さん、鳩山由紀夫さん、平野博文さんのみなさんです。

アイヌ民族の権利確立を考える議員の会 御中

小 川 隆 吉

北大開示文書研究会
代表 清水 裕二
代表 殿平 善彦

要  請  文

「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」のご活動に心から敬意を表します。

 わたしたちは、北海道大学に存在する、戦前から戦後に至るアイヌ墓地発掘に伴うアイヌ人骨台帳とそれに関連する文書を精査し、当時「研究」の名目で、道内外でおこなわれたアイヌ墳墓「発掘」の真実を明らかにすることを目的に2008年8月に発足した研究会です。

 この度、アイヌ政策推進会議にて「『民族共生の象徴となる空間』作業部会報告書」(以下、「報告書」)が提出されました。この報告書および今後の進行について要望をいたします。

 「報告書」には「過去に発掘・収集されたアイヌの人骨等について尊厳ある慰霊が可能となるような施設が必要とされ」(P.2)とあるように、わたしたちも発掘・収集されたアイヌ民族のご遺骨を丁重に扱うことを願っています。

 かつて明治期より戦後に至る間、北海道大学医学部の故児玉作左衛門教授など、人類学関係者をはじめとした研究者が国策を背景にした学問の権威を主張して北海道内外のアイヌ民族の墓地から多数の人骨をはじめ副葬品を発掘しました。アイヌ人骨に関心を持つ研究者はアイヌ民族を「滅びゆく民族」と位置づけ、その研究が急務であると、アイヌ民族との間に誠実な諒解もないままアイヌ墓地の発掘を続け、1000体を越える遺骨を大学に集め、同時に発掘されたたくさんの副葬品も大学に集められました。しかし、発掘された人骨の歴史的経緯やその後の副葬品の扱いは今日に至るも真相は明らかにされておらず、多くの疑問が残された状態のままです。

 小川隆吉アイヌ長老会議議長は、真相の解明を願って、北海道大学にアイヌ人骨に関わる文書の開示を求め、大学は一定の文書を公開しました。公開された文書を検討してきたわたしたち北大開示文書研究会は北海道大学に対して発掘された人骨の扱いや副葬品の経過などについて回答期限を付して質問しました。しかし、今日まで、北海道大学から一切の回答を受け取っていません。

 この問題は北海道大学のみのものではありません。北海道大学以外の旧帝国大学などにも人骨が収蔵されてきました。アイヌ墓地発掘は明治政府の北海道開拓と植民地政策に伴うアイヌ民族へのレイシズムがもたらしたものであり、アイヌ民族の伝統的追悼儀礼を無視した非人道的な発掘の記憶は今日もアイヌの人々の深い傷となって残されております。アイヌ墓地発掘問題に対する誠実な対応と解決への努力は、今日に残された、まさに『国民的な課題』です。日本政府は政府の責任においてアイヌ人骨問題の歴史的経緯を検証し、その歴史的責任を自覚し、遺骨の収集と今日までの処置に関して、アイヌの人々の意に反して収集した過去を反省し、アイヌ民族への謝罪がなされるべきです。

 「共生空間」の整備に伴うアイヌ民族の遺骨を納める慰霊施設を設ける計画について、「報告書」に、「各大学等に保管されているアイヌの人骨について、遺族等への返還が可能なものについては、各大学等において返還する」(P.8)とあります。このことはアイヌ墓地発掘の経緯を検証し、遺族への返還のための積極的な努力なくしては出来ません。北海道大学においてはその努力が全く見られないばかりか、名目的な「返還」にとどめ、研究対象化しようとする意図さえ感じます。

 また、遺骨を一か所に集めるなどの安易な解決を図ることがあってはなりません。ましてや慰霊施設と同じ空間に研究施設を設置することは、さらなる研究対象としてアイヌ民族を辱める行為ですから、そうするべきではありません。遺骨に関しては、アイヌ民族への遺骨奉還および静謐な安置と追悼を中心に据えるべきで、研究材料としての扱いを進めるべきではありません。

 アイヌ墓地発掘に伴って膨大な副葬品が出土しましたが、それらの多くが行方不明になっています。このことは大学の管理責任にとどまらず、アイヌ民族の財産を散逸させた責任が具体的に問われることになりましょう。人骨問題の解決には副葬品問題の解決も不可欠であると考えます。

 さらに、北大では大学所蔵のアイヌ遺骨の砂の洗浄と遺骨整理作業が行われようとしています。そのような行為は遺骨収集の証拠を失わせ、返還の場合の根拠を隠滅することになりかねません。即刻、中止を求めましたが、何の返答もないままです。

 このような閉鎖的な対応をしている大学に、遺骨の返還をまかせようとするアイヌ政策推進会議の姿勢も問題であると考えます。アイヌ政策推進会議は慰霊空間へ遺骨を収集する方針を中止し、アイヌ墓地発掘問題の解決を目指して、すべてのアイヌ民族との誠実かつ慎重な対話を開始すべきです。国際的にも、先住民族への遺骨の返還が求められ、実施される動向の中にあります。

 私どもは日本政府およびアイヌ政策推進会議に対し、真摯な対応を強く要請する文書を提出いたしました。「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」の皆様および各党のご理解とご協力をお願いいたします。

 わたしどもが開催した「シンポジウム さまよえる遺骨たち アイヌ墓地“発掘”の現在」の資料を同封させていただきます。なお、インターネットのHPをつくり、世界中の皆さんにこの問題を知って頂こうと情報を公開しております。ご覧頂けたら幸いです。

「さまよえる遺骨たち」 http://hokudai-monjyo.cocolog-nifty.com/blog/

2011年7月13日

連絡先事務局 〒077-0032 留萌市宮園町3-39-8
アイヌ民族情報センター内 三浦忠雄
Phone.Fax 0164-43-0128

アイヌ政策推進会議に要請文をお届けしました

北大開示文書研究会は本日、政府の「アイヌ政策推進会議」(座長・枝野幸男内閣官房長官)に対し、以下の要請文をお届けしました。全文を公開します。

アイヌ政策推進会議 御中

小 川 隆 吉

北大開示文書研究会
代表 清水 裕二
代表 殿平 善彦

要  請  文
 
アイヌ政策推進会議におきましては、アイヌ民族の意見を踏まえつつ総合的かつ効果的なアイヌ政策を推進するため、審議を続けてこられたことに敬意を表します。

 わたしたちは、北海道大学に存在する、戦前から戦後に至るアイヌ墓地発掘に伴うアイヌ人骨台帳とそれに関連する文書を精査し、当時「研究」の名目で、道内外でおこなわれたアイヌ墳墓「発掘」の真実を明らかにすることを目的に2008年8月に発足した研究会です。

 この度、第3回アイヌ政策推進会議にて「『民族共生の象徴となる空間』作業部会報告書」(以下、「報告書」)が提出されました。この「報告書」および今後の進行について要望をいたします。

 「報告書」には「過去に発掘・収集されたアイヌの人骨等について尊厳ある慰霊が可能となるような施設が必要とされ」(P.2)とあるように、わたしたちも発掘・収集されたアイヌ民族のご遺骨を丁重に扱うことを願っています。

 かつて明治期より戦後に至る間、北海道大学医学部の故児玉作左衛門教授など、人類学関係者をはじめとした研究者が国策を背景にした学問の権威を主張して北海道内外のアイヌ民族の墓地から多数の人骨をはじめ副葬品を発掘しました。アイヌ人骨に関心を持つ研究者はアイヌ民族を「滅びゆく民族」と位置づけ、その研究が急務であると、アイヌ民族との間に誠実な諒解もないままアイヌ墓地の発掘を続け、1000体を越える遺骨を大学に集め、同時に発掘されたたくさんの副葬品も大学に集められました。しかし、発掘された人骨の歴史的経緯やその後の副葬品の扱いは今日に至るも真相は明らかにされておらず、多くの疑問が残された状態のままです。

 小川隆吉アイヌ長老会議議長は、真相の解明を願って、北海道大学にアイヌ人骨に関わる文書の開示を求め、大学は一定の文書を公開しました。公開された文書を検討してきたわたしたち北大開示文書研究会は北海道大学に対して発掘された人骨の扱いや副葬品の経過などについて回答期限を付して質問しました。しかし、今日まで、北海道大学から一切の回答を受け取っていません。

 この問題は北海道大学のみのものではありません。北海道大学以外の旧帝国大学などにも人骨が収蔵されてきました。アイヌ墓地発掘は明治政府の北海道開拓と植民地政策に伴うアイヌ民族へのレイシズムがもたらしたものであり、アイヌ民族の伝統的追悼儀礼を無視した非人道的な発掘の記憶は今日もアイヌの人々の深い傷となって残されております。アイヌ墓地発掘問題に対する誠実な対応と解決への努力は、今日に残された、まさに『国民的な課題』です。日本政府は政府の責任においてアイヌ人骨問題の歴史的経緯を検証し、その歴史的責任を自覚し、遺骨の収集と今日までの処置に関して、アイヌの人々の意に反して収集した過去を反省し、アイヌ民族への謝罪がなされるべきです。
 
「共生空間」の整備に伴うアイヌ民族の遺骨を納める慰霊施設を設ける計画について、「報告書」に、「各大学等に保管されているアイヌの人骨について、遺族等への返還が可能なものについては、各大学等において返還する」(P.8)とあります。このことはアイヌ墓地発掘の経緯を検証し、遺族への返還のための積極的な努力なくしては出来ません。北海道大学においてはその努力が全く見られないばかりか、名目的な「返還」にとどめ、研究対象化しようとする意図さえ感じます。

 また、遺骨を一か所に集めるなどの安易な解決を図ることがあってはなりません。ましてや慰霊施設と同じ空間に研究施設を設置することは、さらなる研究対象としてアイヌ民族を辱める行為ですから、そうするべきではありません。遺骨に関しては、アイヌ民族への遺骨奉還および静謐な安置と追悼を中心に据えるべきで、研究材料としての扱いを進めるべきではありません。
アイヌ墓地発掘に伴って膨大な副葬品が出土しましたが、それらの多くが行方不明になっています。このことは大学の管理責任にとどまらず、アイヌ民族の財産を散逸させた責任が具体的に問われることになりましょう。人骨問題の解決には副葬品問題の解決も不可欠であると考えます。

 さらに、北大では大学所蔵のアイヌ遺骨の砂の洗浄と遺骨整理作業が行われようとしています。そのような行為は遺骨収集の証拠を失わせ、返還の場合の根拠を隠滅することになりかねません。即刻、中止を求めましたが、何の返答もないままです。

 このような閉鎖的な対応をしている大学に、遺骨の返還をまかせようとするアイヌ政策推進会議の姿勢も問題であると考えます。アイヌ政策推進会議は慰霊空間へ遺骨を収集する方針を中止し、アイヌ墓地発掘問題の解決を目指して、すべてのアイヌ民族との誠実かつ慎重な対話を開始すべきです。国際的にも、先住民族への遺骨の返還が求められ、実施される動向の中にあります。先住民族の日本政府およびアイヌ政策推進会議の真摯な対応を強く要請します。

2011年7月13日

連絡先事務局 〒077-0032 留萌市宮園町3-39-8
アイヌ民族情報センター内 三浦忠雄
Phone.Fax 0164-43-0128

2011年7月 7日 (木)

「第3回アイヌ政策推進会議」(6/24)資料が公開されました

首相官邸の政策会議「アイヌ政策推進会議」の第3回会議が2011年6月24日、首相官邸で開催され、このほど当日の配布資料が公開されました。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/dai3/haifu_siryou.pdf

この会議では、「民族共生の象徴となる空間」と呼ぶ新施設を北海道内に建設する計画が議論され、明治から昭和期にかけて各大学がアイヌ墓地を「発掘」などして収集した遺骨を、この新施設に集める案が出ています。

<アイヌの精神文化の尊重という観点から、各大学等に保管されているアイヌの人骨について、遺族等への返還が可能なものについては、各大学等において返還するとともに、遺族等への返還の目途が立たないものについては、国が主導して、アイヌの人々の心のよりどころとなる象徴空間に集約し、尊厳ある慰霊が可能となるよう配慮する。集約の対象となる人骨を特定し、人骨の返還や集約の進め方に関する検討を行うため、各大学等の協力を得て、アイヌの人骨の保管状況等を把握する。なお、集約に際しては、施設の設置場所に留意するとともに、地元の理解を得るよう努めるほか、集約した人骨については、アイヌの人々の理解を得つつ、アイヌの歴史を解明するための研究に寄与することを可能とする。>(配付資料2−2「「民族共生の象徴となる空間」作業部会報告(概要)」から)

これに対し、わたしたち「北大開示文書研究会」は、次のように考えています。

<日本政府は政府の責任においてアイヌ人骨問題の歴史的経緯を検証し、その歴史的責任を自覚し解決に努力すべきであります。「共生空間」の整備に伴うアイヌ民族の遺骨を納める慰霊施設を設ける計画に於いても、遺骨を一か所に集めるなどの安易な解決を図ることがあってはなりません。>(2011年6月10日付け「日本政府への要請文」から)

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