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2011年6月11日 (土)

シンポジウム開催までの経緯 清水裕二・北大開示文書研究会共同代表

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 皆様、こんばんは。「さまよえる遺骨たち」と題して、シンポジウムのご案内をいたしましたところ大勢のご参集くださいまして、まずは御礼申し上げます。私は、本日のシンポジウムを主催する「北大開示文書研究会」共同代表の清水裕二でございます。

 さて、本日のシンポジウムの開催に至りました経緯についてお話申し上げて、開会の挨拶に替えます。本日お集まりの皆様の大半はご承知のように、北海道大学にはかっては1000体を超えるアイヌ人骨が雑多な状態で保管されていた事は御存知の事と思います。アイヌ人骨は幕末の盗掘事件(1865年)に始まり戦後1965年までの間、概ね盗掘によりアイヌ人骨は収集されました。問題視されるこの「お骨」 は、北海道の開拓誠策や世界的な形質人類学や形態学などと相まって、政策的・意図的に、然も東大・北大など旧帝国大学の解剖学者などによって組織的かつ巧妙な手段で集められた「お骨」です。そして現在“さまよえる遺骨”となっております。

 しかし、真相は明らかにされず、1980年代に入り当事者自身においても問題視され、1981年12月21日付けにて、北海道ウタリ協会の海馬澤博さんが当時の北海道大学総長(学長)にあてた書簡により明らかになりました。そしてやっと当時のウタリ協会を中心となって北大との対話は重ねられ返還交渉が始まりました。しかし、真相は不明確なままであり、多くの当事者であるアイヌや心ある学者や市民の解決すべき課題であります。

 従って本日の集会は、2008年3月から9月にかけて小川隆吉さんが北海道大学に関係文書の開示を求めました。開示された文書について当研究会では、内容精査や研究を重ね北大に対しては質問書を提出しその回答を求めて参りました。が、回答はいただけませんでした。質問書の提出以来2年余り誠意ある回答書ももらえない現実に、最早市民の皆様に実態を明確にするべき時と当研究会として判断し本集会を企画いたしました。基より日本政府や北海道の責任は大きく、真摯なる解決を求めるものですが「国民的な課題」である事を強く訴えたいと考えます。詳細はこの後お二人の報告や基調講演で明らかにするとして、経緯の一部を述べ、皆様より活発なご意見や今後の対応について、示唆をいただけるようお願いしつつ、開催にあたり一言ご挨拶申し上げます。よろしくお願い申し上げます。

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写真撮影 平田剛士 2011年6月10日、札幌エルプラザで。

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