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2011年5月

2011年5月24日 (火)

シンポジウム「さまよえる遺骨たち」プレスリリースを出しました

シンポジウム「さまよえる遺骨たち」

開催趣旨

 北海道(日本の近代)には、かねてより「アイヌ墓地発掘問題」が存在することを御存知でありましょう。明治時代より戦後に至るまで、北海道はもとより、樺太、千島においても、人骨の発掘と収集が行なわれてきました。その多くは北海道大学医学部人類学研究室のイニシャチブで行なわれました。1000 体余りの御遺骨は、長く北大医学部に保存されてきましたが、アイヌやアイヌ協会などの抗議や要請があって、北大構内に「アイヌ納骨堂」が建立され、収蔵されております。毎年、イチャルパ(慰霊祭)も行なわれておりますが、発掘をめぐる歴史的経緯やその真相が明らかにされたとは言えない状況にあります。遺骨の今後をどうするのかも問題があると言わねばなりません。

 また、発掘に伴い多くの副葬品が出土したはずですが、その多くの行方が分からなくなっているようです。小川隆吉さんは北海道大学に「アイヌ人骨」問題に関わる文書の開示を求め、交渉を続けてきました。それなりの文書が開示され、それを読む研究会が行なわれております。研究会は人骨問題をめぐる歴史的経緯と真相をさらに公開するよう北大と交渉してきましたが、事態は進展しているとはいえません。「アイヌ墓地発掘問題」と副葬品問題の今日の状況をみなさまにお伝えし、共にお考えいただきたく、集いを計画いたしました。

プレスリリースをダウンロード pressrelease.pdf (810.9K)

2011年5月 2日 (月)

シンポジウム「さまよえる遺骨たち アイヌ墓地“発掘”の現在」を開催します

シンポジウム「さまよえる遺骨たち アイヌ墓地“発掘”の現在」

「私が大学に資料開示を請求したのは、研究の名の下に行なわれたアイヌ民族に対する差別を明らかにするため」——小川隆吉(アイヌ長老会議議長、北大開示文書研究会)

「背景には研究者による強烈なアイヌ差別観があったと思う」——清水裕二(少数民族懇談会会長、北大開示文書研究会共同代表)

「アイヌと和人の関係性の歴史に深い影を落とすこの問題を放置したままでは、ともに未来を開いていくことなど、できない」——殿平善彦(強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム代表、北大開示文書研究会共同代表)

【報告1】 小川隆吉(アイヌ長老会議)「私が北大に文書開示請求した理由」
【報告2】 城野口ユリ(浦河文化保存会、少数民族懇談会)「暴かれたお墓の真実」
【講 演】 植木哲也(苫小牧駒澤大学)「なぜ遺骨問題なのか—歴史的背景」
【討 論】 「さまよえる遺骨たち」(コーディネーター:殿平善彦)
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【日 時】 2011年6月10日(金) 18:30〜21:00
【会 場】 札幌エルプラザ中研修室
      札幌市北区北8条西3丁目 Tel:011-728-1222(代表)
【参加料】 無料(シンポ資料を500円でお分けします)
【主 催】  北大開示文書研究会(共同代表:清水裕二、殿平善彦)
      〒077-0032
      留萌市宮園町3-39-8 三浦忠雄方(事務局長)
      TEL(FAX)0164-43-0128 E-mail ororon@jade.plala.or.jp
      http://hokudai-monjyo.cocolog-nifty.com/blog/
【後 援】 少数民族懇談会、
      強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム
      さっぽろ自由学校「遊」


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アイヌ民族の復権運動に取り組んでいる小川隆吉さんは2008年、当時の関係書類をすべて公開するよう、北海道大学に求めました

 アイヌ民族の復権運動に取り組んでいる小川隆吉さんは2008年、当時の関係書類をすべて公開するよう、北海道大学に求めました。

 それによって初めて開示された「アイヌ民族人体骨発掘台帳(写)」などの多数の資料を突き合わせて調べてみると、お骨の人数や副葬品の数、現在の保管状況などに、たくさんの食い違いがあることがわかりました。

 高名な学者たちによって「墓荒らし」同然に掘り出された先住民族の遺骨たちや副葬品が、いまだにぞんざいな扱いを受け続けている、ということです。

なぜ大学の実験室に、こんなにも大勢の先住民族の遺骨が集められていたのでしょう?

 でも、そもそもなぜ大学の実験室に、こんなにも大勢の先住民族の遺骨が集められていたのでしょう? だれがいつ、どんなふうにして集めたのでしょう?

 一冊の本をひもといてみましょう。

 植木哲也著『学問の暴力 アイヌ墓地はなぜあばかれたか』(春秋社、2008年刊)という本です。

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 この本が描いているのは、19世紀後半から20世紀前半にかけて「活躍」した、高名な人類学者たちのふるまいについてです。

 東京帝国大学の小金井良精(こがねい・よしきよ)という教授は、「帝国大学の命により人類学研究のため」北海道を旅行して回り、「各地で精力的にアイヌの人骨、特に頭骨を集め」ました。墓地の「発掘」にも手を染めています。

 京都帝国大学の清野謙次(きよの・けんじ)という教授は、当時日本領だった樺太(現在のロシア・サハリン)に渡り、やはりアイヌ墓地を「発掘」して頭骨を集めました。

 北海道帝国大学の児玉作左衛門(こだま・さくざえもん)という教授は、北海道の各地で、さらに大がかりに墓地を「発掘」し、アイヌ民族の骨と、お墓に納められていた副葬品(宝物)を集めました。

 まるで墓荒らしです。でも、これらはすべて、学問研究のため、というお題目で正当化されました。

 明治時代から昭和時代初期にかけて、こんなふうに集められたたくさんの先住民族のお骨が、遺族に返されることなく、ずっと大学に放置されてきたのです。

 1984年、北海道大学には「アイヌ納骨堂」が建ち、お骨が移されました。でも、先住民族に対するこれほどの仕打ちについて、「収集」当時のいきさつを詳しく検証したり、責任の所在を明らかにしたり、といったことは、なされていません。

北海道大学キャンパスの駐車場の一隅に、「アイヌ納骨堂」という小さな建物があります

 北海道大学キャンパスの駐車場の一隅に、「アイヌ納骨堂」という小さな建物があります。

 ふだんはシャッターが下りて、入れません。じつは中には、約1000人分もの遺骨が、それぞれ小さな箱に収められて、スチールの棚にずらっと並んでいます。すべてアイヌ民族の古いお骨です。

 アイヌは北海道の先住民族です。なぜ、先住民族のお骨がこんなにもたくさん、大学の構内なんかに集められているのでしょう?

 この「アイヌ納骨堂」が建ったのは、今から27年前、1984年7月です。膨大な数のお骨は、それまで長年、同じ北海道大学の医学部の実験室などでほったらかしにされていました。

 遺族にとって、お骨は単なるモノではありません。それが見ず知らずの場所で、おまけに自分たちとは異なる多数派民族によって、ぞんざいに扱われていたら、どうでしょう?

 今から30年前、事実を知ったひとりの遺族が、北海道大学を告発しました。思いは社会の共感を集め、「アイヌ納骨堂」の建設と、遺骨の合同供養が行なわれたのです。北海道アイヌ協会に手によるイチャルパ(アイヌ語で「慰霊祭」の意味)は、現在も毎年8月にしめやかに開かれています。

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