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2011年4月25日 (月)

アイヌ墓地発掘問題とは

 欧米を中心に「人種学」が隆盛を極めた時代背景のもと、1880年代から1960年代にかけて、和人の人類学者・解剖学者らが道内各地および樺太(現在のサハリン)などのアイヌ墳墓を発掘するなどして大勢の遺骨を収集、研究標本として持ち帰り、測定によってアイヌ「人種」の特徴を見出そうとしました。そのさい、遺族の了解なしに発掘(盗掘)がおこなわれたケースや、遺骨だけでなく副葬品(宝石など)が持ち去られたケースも少なくなかったと考えられます。当時のおもな研究者に小金井良精(1858-1944)・帝国大学医科大学教授、清野謙次(1885-1955)・京都帝国大学医学部教授、児玉作左衛門(1895-1970)・北海道大学医学部教授らがいます。
 北海道大学医学部では、そのように収集した大量の遺骨を、長年にわたって動物実験施設内などに放置していたことが1980年代に発覚。遺族や北海道ウタリ協会(現・北海道アイヌ協会)の抗議を受けた同医学部が、遺骨の一部(35人分)を遺族に返還したほか、構内に「アイヌ納骨堂」を新設し、残る遺骨(929人分)を安置し直しました。
 しかし、アイヌ墳墓からの「発掘」の詳しい実態や、持ち去られた副葬品の行方などが不明のままだったため、今回、小川隆吉氏が改めて、北海道大学に対して関連資料の開示を請求。これまで計35点分の文書資料が開示されました。
 このなかには、児玉作左衛門教授が担当していた「医学部解剖学第二講座」によるリスト「アイヌ民族人体骨発掘台帳(写)」(作成年不明)など、初めて公になった資料が含まれていますが、当時の研究報告書などとも合わせて精査したところ、資料ごとに、遺骨人数や副葬品数、現在の保管状況などに多くの矛盾点が見つかりました。
 なお、日本も採択に賛成した「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(2007)第12条2項は、「国家は、関係する先住民族と連携して公平で透明性のある効果的措置を通じて、儀式用具と遺骨のアクセス(到達もしくは入手し、利用する)および/または返還を可能にするよう努める」と述べています。

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